シングルソースサプライヤに対処する方法(牧野直哉)

●ケーススタディ3 製品から原材料購入へシフト

自社は、ある化学品を使用した環境機器Dを購入している。

同じ系列企業N社が化学品を購入して機器を生産しており、環境機器に関する知見もなく、購入数量も少なかったためN社を採用し発注した。

中期経営計画で、環境機器Dの購入量増加の見通しが提示された。環境装置Dの構造は、ある配管上に設置され構造的にもシンプルであり、設計部門からも内作の検討案が出された。サプライチェーンを調査するとN社の化学品購入先は、M社、SH社、S社の3社だとわかった。しかし3社にコンタクトしてもいずれからも返答はなく、見積依頼すらできない状態だった。様々な方法でいろいろな方面からアプローチしても反応はなく、何度も電話した結果、唯一「勘弁してください」の言付けしか得られなかった。

忸怩(じくじ)たる思いを抱えつつ、環境装置Dの同じ配管上に必要な機器BのサプライヤMU社が化学品サプライヤS社と取引していると分かった。MU社に機器Bと環境装置Dを合わせた製作を打診するとOKされ、結果的に合わせ技でN社と競合環境創出が実現された。市場の拡大とともに、海外メーカーも日本市場に参入し、競合による価格低減が進んだ。

現在、N社からの購入はほぼゼロとなり、MU社と海外サプライヤを競合させて購入している。


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●ケーススタディのポイント

・当初の系列発注の持つ意味
バイヤ企業にとってなじみのない製品を、系列企業に発注するのは、基本的に妥当性のある判断といえます。「基本的」とは、購入量と購入価格を合わせ考えて妥当性を判断しなければなりません。例えば、年間1回購入機会があるかないかの少頻度購買であれば、他の多頻度購買アイテムの分析や改善へリソースを投入すべきです。今回のケースでは、少頻度から多頻度へ移行するタイミングで、取り組みが始まりました。したがって、新たな購入が始まる際には、購入頻度が少ない理由だけで「ここでいいや」と判断するのではなく、最低限供給構造の掌握が必要です。系列企業で確保できるとした判断は、未来永続するものではありません。もし、系列企業から購買を継続し、新規サプライヤの開拓をおこなわずにそのまま放置したら、それはバイヤがラクをする状態です。購入量の変化に対処した発注方針/サプライヤの見直しは必要です。

・購入品分析からわかった事実
購入量が増えるといっても、どんな製品なのかを理解しなければ、効果的な対応策を生みだせません。特に複数の要素が組みあわさった製品の場合は尚更です。実際、今回のケースで対象になった製品は、図面からも実際に納品された製品からも、構成要素の過半数以上は化学品が占めており、機能性を決定づけていると仮説が十分に成り立つ製品でした。だからこそ、使用されている化学品の製造元を調べ、見積依頼をおこないました。N社は、化学品を外注で製作した板金の箱に詰めているだけと判断できる製品でした。購入価格は、化学品の価格が重要なファクターであり、系列企業といってもN社が提供する付加価値の内容におおいに疑問をもったのです。

・サプライチェーン視点
世の中には複数のサプライヤが存在するにもかかわらず、なぜ購入できないのでしょうか。実にこういった製品は多く存在します。こういった事象に直面しつつ多くのバイヤが「商流」とか「商権」といった言葉によるサプライヤの説明に、疑問を感じつつも「やむを得ない」と判断しているはずです。

では、「商流」「商権」といった言葉で、従来の販売ルートを維持する取り組みがなぜ起こるのでしょうか。これには、日本経済が成熟し、市場の成長余力が失われている現実が大きく関係しています。もし成長局面にあれば、同じマーケットに対しても、複数の販売ルート(チャネル)を設定します。市場規模の拡大を、積極的に自社の売り上げ拡大に取り込む方策です。しかし成長が止まった局面では、複数の販売ルート(チャネル)どうしが競合する可能性が大きくなります。複数の商流で同じ製品が競合すれば、製造企業の損益が競合によって悪化する可能性があります。したがって、販売ルート(チャネル)を整理・統合し管理をおこなって、なるべく売り手にとって都合の悪い競合を起こさない取り組みを進めます。こういった傾向は、多くの製品で顕在化しています。

市場の成熟によって、需要が拡大しないなかで、売り手の利益確保を目的とした販売チャネルの管理をおこなっているサプライヤには、状況に応じた対応策が必要です。サプライチェーン視点で、プロセス全体を俯瞰(ふかん)して、どのような供給構造なのかを理解した上で、どこから何を買うのかを見極める必要があります。ケースでは、化学品3社の顧客にMU社を発見し、購入を打診してみると簡単に実現しました。さらに、なぜこうなるのかを読み解いてみると、化学品業界に固有の事情が色濃く反映されています。

まず一つ目は、化学品が設備依存度の高い典型的な設備産業だからです。コストに占める設備費のウエイトが高く、厳しい条件下(高温、高圧等)の連続操業が必要です。そういったなかで、操業度の低下は採算面および安全操業面からも回避しなければなりません。操業を維持するために、重要顧客からの受注は確保しなければならない化学品メーカーの苦しい台所事情が推し量れます。ケースの中に登場するN社は、国内では化学品3社にとって、最大の顧客でした。最重要顧客の顔色を推し量る様子は容易に想像できます。

続いて、化学メーカーの2大経営戦略を見てみます。

1.汎用化学品
事業構造改革による体質強化、生産拠点集約化、グループ/パートナー企業との連携強化

2.機能性化学品
差別化/オンリーワン化/最先端技術で勝てる事業へ集中投資

ケースに登場する化学品は、2.機能性化学品に該当する製品でした。化学メーカー3社とも、厳しい競争に曝されつつも、自社だけが抜きん出る、思いきった戦略を打ち出せなかったのでしょう。環境機器は当時も数少ない成長が期待できる商品でした。しかし、自社でユーザーに販路を持たないが故に、業界の慣習、あるいは秩序を優先したのです。そして、厳しい市場環境のなかで、生き残りを図るために導かれた経営戦略が、結果的に「独占」を導く内容ばかりです。これは、日本の化学産業の市場構造も大きく影響しています。



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上図の通り、日本の化学産業は、一般的な加工型産業とは別で川下ほど多数の中小企業で構成されています。化学産業が非常に多様な製品を供給する産業であり、総合化学会社だけではカバーしきれないさまざまな製品を、大企業から中小企業までさまざまな企業が分担して供給しています。こういった構造は、果敢な競争を勝ち残って生き残るよりも、バイヤには都合の悪い売り手主導の「業界秩序」が優先される要因になります。

サプライヤ(売り手)は、自社利益の最大化を目指して、最適な販売網の確立をおこなっています。何でもかんでも販売網と戦うのは得策ではありません。サプライヤと長期的なパートナーシップを構築するのも、調達・購買部門の重要な責務です。しかし、購入品のサプライチェーン分析や、業界構造を分析すると、調達・購買部門の意向がサプライヤに無視される理由が明確になります。売り手が優先するのは、最大かつ最重要顧客の意向です。サプライヤにとってより優先度の高い顧客になれない場合は、売り手以上に買い方を考え、抜け道を探すためにも、サプライチェーン分析や業界分析は有効かつ不可欠な準備なのです。

<了>

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