シングルソースサプライヤに対処する方法(牧野直哉)
●ケーススタディ2「サプライヤは存在するのに買えない」
自社は、鋼材を使用した製品を生産する企業である。
主力製品に使用される鋼材は、日本国内でS製鉄とJ製鉄の2社で生産しており、現在はS製鉄系列の鋼材商社から1社購買となっている。1社購買状態を打破するために、海外のP製鉄やH製鉄に確認しサンプルを入手して検討した結果、要求仕様は満足していた。しかし、品質と供給の安定性および、最少購入ロットに自社要求内容と開きがあり実現していない。品質は、製品の外観品質に大きな影響を与えるために、品質が安定しなければ採用は難しいと品質保証部門からも釘を刺されている。
国内J製鉄と直接取引できるほどの購入量があるかどうかは不明。またJ製鉄系列のいくつかの商社に見積依頼をおこなったものの、営業パーソンの来訪もなく、見積辞退の連絡があった。
自社製品は、販売時のコスト競争が激しく、コスト削減に効果的な競合環境の実現は喫緊の課題と、営業に代表される社内関連からも鋼材購入を競合しコスト削減の実現を強く求められている。しかし、J社の営業だけでなく、系列の商社や独立系の商社からも見積すらもらえていない。なんとか話を聞いて欲しいと何度も電話やメールでアプローチしたものの、最後は無視され、現在は完全に手詰まりの状況となっている。
●ケーススタディのポイント
なぜJ社とJ社系列・独立系サプライヤから買えないのか。その「理由」を考える
1.販売チャネルコントロール
調達・購買部門にとっては都合の良い競合ですが、営業にとっては、できるなら避けたい状態です。どんな企業であっても、市場を独占し自社の利益の最大化を目指したい気持ちは同じです。今回のケーススタディは、調達・購買と営業の目指すべき姿の違いが、発端となっています。
テーマで扱っている鋼材は、日本国内では大きく需要の拡大が見込めない業界/商品です。そして、先日中国の杭州で開催されたG20の首脳会議でもテーマの一つでした。(http://jp.reuters.com/article/g20-china-over-capacity-idJPKCN11B1V1)世界的に見れば、過剰設備を抱え過去から現在まで「過度な」競争をおこなっている業界です。バイヤ企業にとっては独占サプライヤですが、業界/グローバルマーケットの観点では、未だ激烈な競争状態です。そういった厳しい環境下でも、サプライヤは利益を創出しなければなりません。
ケーススタディでは品質面、納期管理面で、海外サプライヤを採用できる段階ではないとありました。これは国内メーカー対海外メーカーのおける国内メーカーの「優位性」です。バイヤからすれば、だからこそ国内メーカーどうしを競合させたくなります。しかし、サプライヤ視点では、競合の土俵に乗ってしまえば、バイヤ企業のペースに乗り、競合に勝てば売り上げは維持、あるいは拡大できるかもしれません。しかし利益は、競合の結果減少する可能性も秘めています。商談対応に「リスク」があるのです。
こういった状態から、サプライヤは競争するよりも現在の利益レベルを維持する戦略を採用していると仮定しなければなりません。こういった戦略は表だって表明できません。バイヤ企業は、競合企業どうしで「すみ分け」が成立している前提で、買い手としての対応を検討しなければなりません。顧客のすみ分けを販売チャネルでコントロールしているのは、日本国内では鋼材だけではなく、電気・電子部品でも頻出のケースです。
こういった事例は、いうなればカルテルといって良いでしょう。カルテルの定義は「独立している複数の同業者が、市場を支配しようとして価格、生産・販売数量、取引先などを制限する、明示あるいは黙示の協定、合意、了解」です。では、なぜこういった事例が是認されるのでしょうか。独占禁止法で禁止されているカルテルは「市場全体」の視点が重要です。ある業界がカルテルをおこなって、その川下に位置する業界もカルテルをおこない、めぐりめぐって市場全体へカルテルの「まん延」が問題なのです。今回のケースでは、カルテルに近い状態でありながら、バイヤ企業の製品は市場で競合しています。このギャップが、カルテルによって生じた問題が一(いち)企業のなかで発生しているために、社会的な問題にならないのです。
2.高付加価値製品の投資回収
別の視点から今回のケースを考えます。購入品のサプライヤ側の位置付けは、国内メーカーしか対応できない付加価値の高い製品と想定できます。付加価値には、品質の安定性ももちろん含まれます。国内メーカーは、人材育成や設備に投資をおこなった結果、付加価値の高い機能をもった製品を市場へ供給しています。販売に先立って投資していますから、投資額の回収は一刻も早くおこないたいと考えているはずです。また、付加価値の高い製品は、生産量が限定される場合もあります。そういったさまざまな理由で、競合で勝ちのこって売価を増やす「リスク」を回避しているのです。売り上げを拡大し、利益額も同じように増加する確証があれば、営業は当然ながら拡販活動をおこなうでしょう。営業部門も競合の結果で生じる売価ダウンのリスクは十分に認識しており、売価ダウンを回避する対応をとっているのです。
3.営業パーソンの気持ち
では、さらに踏み込んで、営業パーソンの気持ちはどうでしょうか?できるなら、売り上げを増やして、自分の会社内での評価を上げたい、そういった営業パーソンの本能があるはずです。そうした気持ちを、会社の方針や、利益の最大化を目指す取り組みによって押さえ付けているのです。
ここまで、見積がもらえない、あるいは面談すらできないサプライヤの事情を推し量ってみました。それでは、こういった環境下でバイヤはどのように対処すべきでしょうか。具体的な対応方法を次の3点にまとめます。
(1)買える製品から購入して実績をつくる
今回のケーススタディでは、サプライヤの戦略的な商品を対象にしました。いわゆる売れ筋商品です。売れ筋商品の利益を維持するためにおこなうサプライヤの考え方や取り組みによって、バイヤ企業が困っているのです。
では、見積すらもらえないサプライヤは、そういった売れ筋製品しか扱っていないでしょうか。汎用品に代表される購入可能な製品から開始して、まず販路を開くといった取り組みをおこないます。まずサプライヤの販路を確保して、将来の競合体制の第一歩を踏みだします。開拓した販路では、一定額の購入をおこなって、サプライヤ側から見て無視できない存在を目指します。
2)バイヤ企業は大人しく、騒がない
競合するためにおこなうサプライヤ開拓は「静かに」おこないます。こういった動きを、現在購入しているサプライヤに悟られない情報管理をおこないます。もしバイヤ企業のこういった動きの既存のサプライヤが察知した場合は、どのように対処するでしょうか。価格面や供給の継続でなんらかの不利な条件を持ち出すかもしれません。自社の販路を維持するために、購入条件面の譲歩が得られる可能性もあります。しかし、価格面に代表される購入条件の改善を目指す取り組みであるにも関わらず、従来のサプライヤからの購入条件にマイナスの影響をおよぼす事態は絶対に避けなければなりません。新しいサプライヤの開拓活動と同時並行で、従来のサプライヤとの関係は、維持しより良い関係を目指さなければなりません。
(3)突然訪れるチャンス
汎用品の購入から始めたサプライヤとの取引は継続させます。性急な結論をもとめてはなりません。ここで述べる「突然」のタイミングが、いつ到来するのか。残念ながらこればっかりはわかりません。しかし購入を継続していれば、必ずチャンスは訪れます。例えば、サプライヤの上位者が挨拶に来る場合はあるでしょう。そのチャンスを見逃さずに最大限相手を尊重した対応をおこないます。
来訪者の職位より上の応対者をアレンジしましょう。来訪者が課長・マネージャークラスであれば、部長や調達・購買担当役員で対処します。一般的な応対者選任のセオリーは、来訪者と同レベルです。しかし、より上位の役職者が歓待して、サプライヤを重要視している姿勢を示します。
来訪した際には、サプライヤの訪問を提案します。そうやってコミュニケーションを積み重ねて関係を構築し、強固になったと判断したら、購入の可能性を模索しましょう。
こういったケースで、バイヤは少しの時間も待てない、今すぐに結果が欲しいと思っているでしょう。しかし、なぜ見積がもらえないか。なぜ会ってもくれないか。それは、見積を出さない、会わないと決めたサプライヤの意志です。その意志は、大きな外部要因で一気に消え去る場合もあります。しかし、そんなケースは極めてまれです。今回御説明した取り組みは、営業のあらたな販路開拓とまったく同じアプローチです。ビジネスの成立には、時の経過も必要です。結果を急がない将来への準備を今からおこないます。
(つづく)