短期連載・坂口孝則の大企業脱藩日記(坂口孝則)
世間一般で“流通コンサルタント”という印象が強い私。みなさんはご存知のとおり、調達・購買の専門家として多方面で働いています。しかし、自動車メーカーを辞めてから、さまざまな模索時期がありました。当時の話は、さまざまなところで紹介しましたが、あまりホンネをまじえて述べたことはありません。そこで『大企業脱藩日記』と題し、現在までを短期連載としてメルマガに掲載することにしました。
【第8回】
大企業を脱藩したのちに、1年ぐらいすると、ポツポツとセミナー講師の仕事が舞い込んできた。セミナー講師になりたいというひとも多いらしい。まず圧倒的に多いのは、アマゾン経由の依頼だ。アマゾンで旬なトピックを検索して、セミナー会社のプロデューサーが声をかけてくる。そして、ベーシックなテーマでも、やはり書籍経由が多い。「ご本をお読みしました」というパターンだ。たいていは、こちらの事務所に来てくれて打ち合わせを行う。
私の経験では、セミナー講師は、一日まるまる話すと5万円から30万円くらいになるようだ。私の「経験」と書いたが、違う経験をもつひともいるだろう。当然だが、個別の企業におじゃまして講義をする場合は、その倍くらいになる。なぜ5万円なのか、そして30万円なのかの根拠はない。「相場だ」ということだけだ。いやであれば断ればいい。この数字を見ると「おいしい」と思うひとがいるかもしれない。ただ、講師を見ていると、かなり移り変わりが激しい。私の場合は運がよく、1社を除くとセミナー会社での講師は続けている(1社は金銭面で折り合いがつかなかった)。
それも、生徒からのアンケート平均が5点満点中で4.5点以上というのが継続の条件だからだ。かなり厳しい条件ではないだろうか。褒めるわけではないが、日本能率協会のように、長い目で講師を育成してくれるところもある。ただし、スタンダードな会社で継続するのは、けっこう難しい。
一日のセミナーでは資料のページ数は(パワーポイントであれば)100ページくらいが講師の平均だそうだ。だから、100ページくらいの資料を作れる能力があれば、講師のスタートラインには立ったといえる。この意味は、「100ページくらいは、業務を棚卸できる」の意味であって、単に資料を100枚ほど作れるの意味ではない。
さて、3ヶ月くらい前に決まって当日まで準備をするのだが、これが大変だ。一度作ってしまえば講義は大丈夫、という講師もいるけれど、毎回ブラッシュアップする必要がある。しかも当日は、どんな客層かもわからない。ここで失敗談を語ろう。ある会場で、50歳くらいのひとだったと思うが、ずっとこちらを睨みつけるひとがいた。休み時間ごとにこっちにやってきて「わからない。資料が悪い。説明しろ」といってくる。私ならば、そこまでわからなければ返金を依頼せずに帰宅するけれども、その受講者はそうではなかった。講義終了後には、「ぜんぜん意味がわからなかった。納得出来ない」と繰り返した。アンケートの結果平均は4.8点だった。そんなときにも、こういう質問があったのだ。さらに恐怖したのは、その方は有名企業の総務本部長だったことだ。
違うセミナーでは、詳しくは説明しないが、基本的な会計上の指標について、私の説明が間違っている、と譲らない参加者がいた。その理由は「その指標が悪くても、会社として健全な場合は多くある」そうだ。それはそうかもしれない。ただ、スタンダードな説明としてはまったく間違っていない。ただ、あまりに態度が悪く「そんな説明は間違いだ。信じねえ」(ちなみに原文のママ)。「信じないね。信じない」と繰り返していた。面白いもので、説明する側の私も、あまりに言われると、なんだか、「あれ? 俺が間違いなのか?」と思ってしまうほどだった。こうなると、場所の雰囲気は最悪になる。このひとも、ものすごく有名な会社のひとだった。
ただし、他の講師と話すと、どうも私は幸運らしい。なぜならば、思い出しても、この2例か3例くらいしかない。他の講師は、もっと頻繁に「やばいひと」にあたっているらしい。講師が悪いのか、受講者が悪いのかはわからない。とはいえ、講師ができるのは、日々ちゃんと学び続けて、そして講義を真剣にやることだろう。だから、そういったひとたちに遭遇しないのかもしれない。
ここまで聞いて、セミナー講師をやってみたい、と思うひとは、きっと適正があるんだと思う。私は、なんだかんだで、こうやって仕事を増やしていった。
<つづく>