短期連載・坂口孝則の大企業脱藩日記(坂口孝則)

世間一般で“流通コンサルタント”という印象が強い私。みなさんはご存知のとおり、調達・購買の専門家として多方面で働いています。しかし、自動車メーカーを辞めてから、さまざまな模索時期がありました。当時の話は、さまざまなところで紹介しましたが、あまりホンネをまじえて述べたことはありません。そこで『大企業脱藩日記』と題し、現在までを短期連載としてメルマガに掲載することにしました。

【第7回】
なんの仕事もない時期がずっと続いていた。しかし、運が良かったのは、1年以内になんとか仕事が出てきたことだった。私の知り合いには3年ほど仕事がなかった行政書士がいる。行政書士の資格をとって看板を立てれば仕事がくると勘違いしていたのだ。もちろん、電話は鳴らない。ただ、私も経験があるのだが、人間とは悲しい性をもっている。どうしても自分の思い込みから脱せないのだ。その知人は、ホームページの「問い合わせ」機能がマヒしているのではないかと思い、自分で問い合わせを送ったらしい(私もやった)。もちろん壊れてなどいない。そして電話も壊れているのではないかと思い、自分の携帯から電話をする(私もやった)。もちろん壊れているのではない。プライドがズタズタになりながらも、現実と向き合うしかない。

そのころ、週に二回は広島に行っていた。一日目は先週の解決策を提示する。しかし、打ち合わせでは、なんとなく使えそうにないので、ホテルに帰って違う案を考えるのだ。具体的に語ろう。そのときは、サプライヤへの最適利益額を決めたい、というお題だった。不思議なお題だと思う。こういうことだった。その企業は公的な仕事を請け負っているので、社会的責任を果たす責任がある。だから、サプライヤを買い叩いてはいけない。しかし、株主への責任があるから、高く買ってもいけない。サプライヤの売上高はほとんどその企業に依存している。1年間が終わったときに、サプライヤの決算書を見て、「いくらぐらいの利益」が残っていたら、ほどよい(買い叩いてもいないし、高く買っていないともいえる)か、ということだ。

私は考えぬいて、「最適利益額=減価償却費」という方程式で見てみましょう、と提案した。なぜならば、「利益を再投資にまわすためには、それ相当の金額が必要」「企業は永続的発展のために、減価償却費程度の投資は引き続き必要(だからその分は残っている必要がある)」「最終利益として減価償却費相当が残れば、キャッシュとしては十分である」というものだ。あまりに具体的すぎて難解でもかまわない。まあ、そういう案を持って行ったのだ。これは製造業では成り立つだろう、といまでも思う。それに、専門書には似た理論を書いているものもある。

しかし、先方のコンサルティング先は、建設業であり、まったく成り立たなかった。ヒトと設備があるとすれば、ヒトのコストばかりだから、設備の減価償却なんてほとんど無いのだ。その方程式が真だとすれば、ほぼすべての会社が過剰利益になってしまう=高く買いすぎている、ことになる。そこから3週間ほど考えぬいて、サプライヤの最適利益を指数計算で求めるアイディアを思いついた。趣旨ではないのでこれ以上は語らないが、ほんとうにたまたま思いついたものだ。これが思いつかなかったら、ほんとうのクズコンサルタントだっただろう。

それと、こういうこともあった。サプライヤの財務分析をやって、安全性をチェックしましょう、という流れになった。もちろん、私だって決算書の読み方は、書籍化しているくらい詳しい……つもりだった。ただ、実際の零細企業の決算書を見ると、とんでもないレベルで、教科書的には破綻していてもよい程度のものがたくさんあった。たとえば、固定負債が多すぎる。しかし、営業外費用では利息の支払いがほとんどない。どういうことか。通常の決算書は、大企業の決算書の読み方にすぎないのだ。零細企業の決算書は、実際には税金の計算書である。だから常識は通じない。いや、常識と思っていたのは、上場企業の3000社ていどにしか通じない。99.99999%の企業には使えないのだ。その例でいえば、肉親とか親御さんから借りている例があり、利息払いがほとんど生じていないのだ。こういうこともヒアリングするまで知らなかった。

ただ、これは貴重な経験だった、といまでは思う。そのときは冷や汗しか出ていなかったけれど、その後、私はこれらの経験をもとに「実務的な調達・購買講座」を開発することになる。

 <つづく>

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