かつての日本は女性蔑視が酷すぎた(坂口孝則)

・クレーム大国のニッポン

週に二回ほどテレビに出演し、おなじく週に二回ほど講演し、そして合間にコンサルティグをやって顧客企業の社員と対話を続けている。そうしたときに、話す内容を考えるのは当然として、話す表現には人並み以上に注意してきた。

かつて「ウチの女の子」と、自社の女性社員について述べたところ、「女性はオタク(「ウチ」の所有物ではないし、「子」でもない)」と抗議を受けた。「バカな女性もいるもので」と述べたら、「上から目線」「何様だ」「女性蔑視」とお叱りを受けた。後者は、女性のなかにも、そして男性のなかにも、軽率な人間はいる、といったていどの意味だったが、私こそ軽率だったらしい。

たとえば、最近だけ見ても、鹿児島県知事が「女の子にサインコサイン教えて何になる」と発言しえて大炎上し、氏は釈明するしかなかった。記憶に残るのは、都議会で「男女共同参画社会推進議員連盟」の会長が「結婚したらどうだと、平場なら僕だって言う」と、女性議員にたいする議会のヤジについて理解を示した”事件”で、おなじく炎上した。くわえて某航空会社では、妊娠した客室乗務員を降格させ提訴されるなど、マタニティーハラスメント問題は、このところ多く報じられている。

さて、私の経験から、私の主張が「それくらいの失言は許してやれよ」というものかというと、まったく違う。私は自分自身が批判されつつ、やはり批判側が正しいと思っている。ときに「息苦しい」と男性が思ってしまう風潮だが、やはり肯定したい。

・あまりに酷かった日本の過去(女車掌編)

というのは、多少の息苦しさを感じる男性がいるとはいえ、全体的に日本は良い方向に向かっていると思うからだ。私は経営コンサルタントという職業柄、さまざまな企業の情報を調べる機会があり、新聞記事などを調査する。男女雇用機会均等法は1985年に制定され、翌86年より施行された。その後も改正されている。ただ、こういった法令をはるかに遡って、日本企業がどのように女性に接してきたかを調べるうちに、驚愕の記事をいくつか見つけた。

たとえば、朝日新聞1924年11月25日の夕刊を見てみよう。「電車にもいよゝ女車掌採用と決定」とある。おお、喜ばしいじゃないかと思うと、見出しに「お客をおとなしくする為めに」とある(!)。引用してみる。「女車掌の職務は一般乗客の希望する所ではあり、困雜緩和一助となる上多少給料も安く、且文句が少なく従順に働くだらうといふ算段」だという(!)。おい、この差別的表現、誰か現代でいってみろ。

しかも採用に関しては作文のテストがあり、そのタイトルは「上京して女車掌となり郷里の父を東京見物に招く」だという。おい、てめえ、女性のプライベートに踏み込み、かつどういう基準で採点するのか教えてみろ。

さらに「服装は紺サージに燃えるような水兵服の緋の涎かけ(中略)『女子大学生と間違はれるような素敵なもんですぜ』」だってさ。これが、現代日本人が懐かしんでいた戦前日本のモラルというものだろうか。

しかしそれにしても、同時代の記事を読んでいると、こういった記述が目立つ。固有名詞を省くのは、それが趣旨ではないことと、あまりにも普通に書かれているので、当時の一般意識を示すものとしてそれだけで価値があると思うからだ。

・あまりに酷かった日本の過去(就職活動編)

現在、就職活動中の女性は多い。いま女性差別は撤廃されてしかるべきだ。しかし、かつてはどうだったか。次に読売新聞から引用しよう。1935年5月25日の朝刊にはこうある。「醜女は何處へ」。ブスはどこにいったのか、だって。おい、この記事を書いた記者の顔写真を掲載しろ。挙句の果てに副題が「就職戦落伍者のゆくへ」だって。余計なお世話だろ。

最初から飛ばしてくれる。「職業婦人を求める人は皆美人がお好きと見えて、少し位頭が悪くとも、顔さへキレイならドシドシ賣れてゆかうといふのですから、賣れ残るのはいつも顔に自信のない人ばかり」だそうだ。ここには現代的意味での女性蔑視がすべて詰まっているものの、解説は不要だろう。

さらにすごいのは職業紹介所の責任者がインタビューに答えていわく、「昔は職業婦人といへば皆醜かつたものです」。おい、これあなたのところにやってくる女性も読んでいるだろ。(雇い主が何を求めるかというと)「才能の順でも健康の順でもなく、美人の順に売れてゆくことになりました。(中略)困ったことですが事實であつて見れば致し方ありません」。うむ、リアリストなのか、それとも時代の代弁者なのかはわからない。しかし、就職の決まらなかった女性が、この記事を見てどう思ったのだろう、とは思うのだ。

・あまりに酷かった日本の過去(官公庁編)

しかし、これは一部の男性だけに見られた傾向なのだろうか。そこで、最後にもう一つ紹介したい。これは、私の愛読している鬼才・パオロ・マッツァリーノ先生も新刊の『「昔はよかった」病』で紹介している記事だ。読売新聞1929年2月6日の朝刊では「美人に限って文部省が採用」という苦笑しかできないタイトル。

官公庁も(ある意味、正直すぎる)女性差別的表現を使用していたのは驚きで、「お嫁の賣れ口もよく殊に美人と一緒に机を並べて働く事は男子側の能率を増進せしむる上に頗る効果があるといふ議論が一般に髙い所から今度新に左記の如き採用方針」を掲げるという。それが「一、頗る付の美人たる事」だそうだ……。

繰り返すものの、今回も解説はやめておこう。

こういった時代と比較すると、なんだかんだいっても現代日本は良い方向に行っているように思う。これらが、息苦しいかもしれない現代の風潮を、私が肯定したい理由でもある。

ところで、最後に男性に問いたいと思う。もし紹介した記事について笑ってしまったひとがいるとすれば、だ。私たちは、「思っているけどいわなくなっただけ」なのだろうか。それとも「女性軽視など、考えもつかない、思いもしない」メンタリティを獲得したのだろうか。

*なお、文中ではできる限り旧字体を使用したが、一部、使用しなかったところがある

<了>

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