企業戦略から逆に調達戦略を読み解く(坂口孝則)

有名でありよく引用されるのに、実際には誰も読んでいない書籍に「科学的管理法」「コトラー&ケラーのマーケティング・マネジメント」「競争の戦略」があります。前から順に、テイラー、コトラー、ポーターで、それぞれ現代経営学の基礎をつくったひとたちです。

私は現代経営学の基礎、ではあっても、先端とはいっていません。先端の経営学では、基礎文献ではあっても、もっと先に進んでいます。やや古い書籍ですが、このへんの事情をお知りになりたいかたは「世界の経営学者はいま何を考えているのか」をご覧ください。

さて、私はこういった書籍を、みずから「修行」と題して若いビジネスパーソン時代に読みました。しかし、かなり読みにくく苦しかった記憶があります。若いころは時間があるのに、まだ経験が浅い。ベテランになると時間はないのに、経験値は上がっていく。というのはかなりのジレンマではありますよね。ただ、こういった書籍は経験値が上がってから読むと、かなりの学びがあるのですよ。

今回は、「競争の戦略」をとりあげます。再読すると、私がはじめ読んだときには気づかなかった発見にあふれています。この「競争の戦略」は、マイケル・ポーターによって書かれたもので、文字どおり市場競争戦略の教科書となっていたものです。

この書籍は、すなわちマーケティングや販売、商品創出にかかわる戦略がメインではあります。しかし、本書では、調達・購買部門との対峙がかなり露骨に記述されます。ここから逆説的に、調達・購買戦略を読み取ってみたいのです。

なお、もちろんほんとうは本書をお買い求めただきたいのですけれども、本連載だけ読んでも大丈夫のようにしたいと思います。

ポーターはまず調達・購買企業が、「仕入先の変更に要するコスト」を把握せねばならないと説きます。いわば、サプライヤのスイッチングコストですね。

「・新しい仕入先の部品に合わせるために、自社製品を変えるコスト。
・新しい仕入先の部品がこれまでのものに代替できるかをテストし、確認するためのコスト。
・従業員を再訓練するコスト。
・新しい仕入先の器具やテスト用具などの使用に必要な新しい補助器具に要するコスト。
・新しい調達物流体制をつくるためのコスト。
・現在の仕入先との縁を切るために要する精神的コスト。「競争の戦略」(P161)」

最後の<現在の仕入先との縁を切るために要する精神的コスト>という箇所は、やや笑ってしまいました。いわゆるしがらみコストですが、ここはしっかり押さえています。

そのうえで、自社(この場合はサプライヤ)の取引コストを把握せよといいます。おなじく列記されているのは、次のようなものです。

「・注文量。
・自社で直接販売するか、流通業者を通じて販売するか。
・購入先へ製品を納入するまでのリード・タイム。
・生産計画や物流計画が策定できるほど、注文が安定して入ってくるか。
・納入までの輸送コスト。
・販売コスト。
・特別仕様あるいは製品改良の必要性。「競争の戦略」(P167)」

そこでポーターは、調達・購買企業のスイッチングコストが高く、そして取引コストが低い場合に、戦略(というか戦術か?)を指し示します。

「戦略のとりようによって、好ましい買い手を創造することができる(中略)。買い手に働きかけて、その企業特性を自社にとって好ましいように変えることができる。たとえば、仕入先を自社から別の企業に変えるにはコストがかかるように仕向けるのも、一つの重要な戦略である。(中略)購入決定者を、価格にうるさい人から、それほどうるさくいわない別の人に替えることもできる。「競争の戦略」(P169)」

おいおい、<価格にうるさい人から、それほどうるさくいわない別の人に替える>手段ってなんだよ、というツッコミはやめておきましょう。しかし、それにしても、現代的に私たちが調達・購買の立場から考えていることは、すでに議論済なのですね。私は「不易(かわらないもの)」という言葉が好きなのですが、やはり業務にかかわる多くのヒントは、古典にあるようです。

さらに、ポーターはコスト削減交渉をさせないコツについても書いています。

「買い手に対して、製品のコストとか価値というものは、単に購入価格だけで決まるのではなく、次に示すような付加的な要因によっても決まるということを示さなければならない(中略)。
・転売の場合の価値。
・維持費および修理、点検等による休止期間の長さ。
・燃費。
・収益キャパシティ。
・据えつけ、取りつけ費用。
こういった要因が実際のコストや製品の価値に大きく影響している、と買い手に確信させることができれば、自社製品がこういった点で優位であり、したがってプレミアム価格や愛顧に値する製品であるということを示す機会も生まれる。「競争の戦略」(P171)」

ああ、びっくりした。「愛顧」なんて言葉、ひさびさに聞いた。それにしても、なんだか営業パーソンがいってくる内容って、まさにポーターがおなじく熟考した内容だったのですね。

「時とともに質が向上して自社にとって好ましくなると思われる買い手グループを今のうちに見つけておくと、大きな利益機会を見込める。この種の買い手での仕入先変更コストが小さく、しかも他の競争業者がこの買い手に関心を示していないうちなら、この買い手に食い込むことは簡単である。そして、ひとたび食い込んでしまえば、仕入先変更コストが高くなるような戦略をとればよいのである。「競争の戦略」(P172)」

どうでしょう。調達・購買観点から読み解くと、だいぶポーターの印象が変わりますよね。なんだか、悪知恵を注入する悪徳コンサルタントみたいでしょ。しかし、これは批判ではありません。当然、売り手として、こういうレベルは考えるだろう、といったものです。

とくに、ポーターは読み方を変えれば、現代の私たち、とくに調達・購買に携わる私たちに大いなるヒントをくれるように思います。それはすなわち、営業戦略を裏返せば、立派な調達戦略ができあがる可能性です。多くの企業戦略やら営業戦略が世の中には読み物として存在します。それらは、一見すると調達・購買と無縁の(真逆の)存在なわけですが、考え方によっては、自己の武器になるということです。

残念ながら、私はこのことについて、これ以上の明確な言い方ができません。しかし、私のなかで曖昧ながら、この逆転発想は調達・購買担当者や調達・購買マネージャーにとって、おおいなる変革をもたらす「読み方」になるのではないでしょうか。おそらく、この逆転発想があれば、コトラーも、あるいはドラッカーであっても、それをもとに新たな調達戦略論が描けることでしょう。とくに、営業が調達・購買部門と対峙する記載の多い書籍は宝の山だともいえます。

だれか古典を読んで、新たな調達・購買戦略論を書くひと、いらっしゃいませんか。

 <了>

無料で最強の調達・購買教材を提供していますのでご覧ください

あわせて読みたい