決定版!調達購買視点での交渉論(牧野直哉)

*プロローグ~なぜ「調達購買視点」なのか

今回から調達購買視点での「交渉論」の連載を始めます。今回あえて「調達購買視点」と題しているのは、次の3つの根拠があります。

最初は、調達購買部門やバイヤにとって「交渉」はとても重要で、調達購買部門の成果を左右する業務である点です。バイヤにとって「交渉」とは、日常的におこなっています。価格や、品質、納期に代表される購入条件を、より自社に有利な状態へと導くために日夜仕事をしているといっても過言ではありません。私は、セミナーや購買ネットワーク会の会合を通じて、さまざまな方と話をします。多くの方が交渉を重要視されています。なかには「(交渉は)自分達の存在意義だ」と明言される方もおられるくらいです。

つづいて2つめ。調達購買部門/バイヤの交渉に臨む「立場(ポジショニング)」の特異性です。BtoCビジネスの場合、購入者である消費者(C)は、多くの購買機会において、購入先選択権と、購入しない、2つ選択肢を持っています。企業における購買では、調達購買部門に購入要求が提示された段階で「購入しない」との選択肢はありません。調達購買部門は、手を尽くして入手しなければなりません。

最後に、一方的な「買い手有利論」への疑問です。私は営業部門から調達購買部門へ異動しました。その際に営業時代の多くの同僚から羨望(せんぼう)のまなざしを受けました。調達購買部門はそんなにもラクな仕事なのか。しかし、調達購買部門へ異動してすぐに、そんな考えは消え失せました。総じて、営業部門と同じくらい厳しい状況です。そして、調達購買部門が直面する「厳しい状況」は、いったい誰がつくりだすのでしょうか。もちろんサプライヤが、商品力、低コストに代表される「競争力」を武器に、商談を有利に展開するケースもあります。しかし多くの「厳しい状況」は、調達購買部門と同じ「社内」で生じます。

これまでに述べた3つを前提条件として語らねば、調達購買業務に役立つ「交渉論」とはいえないのです。

・調達購買部門の交渉 3つの「勘違い」

そして調達購買部門の「交渉」で、次の3つの「勘違い」があると、実際の交渉に大きな悪影響をおよぼします。ぜひ、皆様の実体験とかけ合わせてお読みください。

まずは、どんな時であっても買い手が強いとの「錯覚」です。社内営業部門から「営業は、お客から厳しく扱われているんだから、調達購買部門はサプライヤに厳しく対処せよ」といった類の発言に、途方に暮れた経験をお持ちではありませんか。

売り手と買い手では、どちらの立場が強いか。サプライヤを厳しく扱う企業も存在します。また「御客様は神様」や「客の声は天の声」とばかりに、理不尽な要求でも、顧客の立場であれば許されるといった風潮が日本の多くの企業に色濃く残っています。これが、ほんとうに売り手と買い手の立場であるなら、調達購買部門の仕事は楽しく、その世界は「ばら色」かもしれません。確かに一部の強い購買力を持つ企業であれば、そういった姿勢で調達購買業務をおこなう場合もあるでしょう。しかし、それはごく限られた一握りのトップ企業のみです。一般的な企業における調達購買部門は、サプライヤとフラットな関係を前提と考える方が、後の戦略もより選択肢が拡がります。

続いて「バイヤは交渉巧者」との「思いこみ」です。これは、日常的に交渉をおこなう相手のサプライヤの担当者を例に考えます。相手として「あっぱれ」な交渉巧者と映るのは、どんなサプライヤの担当者でしょうか。調達購買部門とサプライヤの交渉とは、個人がおこなうものの、基本的にはBtoB、法人対法人の交渉です。したがって、個人の能力もさることながら「法人」としての力(ちから)も、交渉には大きく影響します。

バイヤ企業の社内で語られる「バイヤは交渉巧者」との言葉が、バイヤ企業の社内で調達購買部門を尊重した上での発言であれば、交渉は有利に運ぶ可能性も高くなります。それは、調達購買部門への尊重が、転じてバイヤ企業内への影響力とも判断できるためです。しかし、社内関連部門は好き勝手やっておいて、最後の尻拭いを「バイヤは交渉巧者」との枕詞と共に押し付けているケースでは、バイヤがサプライヤとの間で交渉力の発揮は難しいでしょう。なぜなら、社内部門への影響力が限定的だと、サプライヤとの間で解決すべき内容が増えるためです。バイヤが持つ交渉力とは、バイヤ企業全体で判断すべきであり、調達購買部門のみで判断できないのです。

最後に、交渉だけで劣勢を打開できる「幻想」です。これは、前に述べた交渉巧者との話とも繋がります。バイヤ企業とサプライヤとの交渉で、バイヤ企業が劣勢の場合、交渉のみで事態を打開できる可能性は非常に小さくなります。これは「なぜ劣勢なのか」との理由を説きあかせば理解できます。劣勢に至った「原因」の多くは、そもそもサプライヤの販売力が強かったり、バイヤ企業の要求条件がサプライヤに受け入れられなかったりといった要因です。実は、バイヤ企業の劣勢を打破するためには、サプライヤとの交渉よりも、社内調整、バイヤ企業社内での交渉により、要求条件の緩和や、より踏みこんだ=サプライヤにとっての好条件の提示無しに、劣勢は好転しません。

・交渉時の「強み」とはなにか

プロローグの最後に、では交渉に際して調達購買部門が持つ3つの武器について、簡単に述べます。次号以降の本文では、以下に述べる強みを最大化するための方策を説明します。

まずは見積依頼です。これは、サプライヤとの交渉の根柢にある要求事項を明記した内容です。したがって、将来的に予見される交渉を踏まえて、より深い準備と考察をおこなった上でサプライヤに提示すべきです。

つづいて購入決定権限です。これは調達購買部門/バイヤに、最終的なサプライヤへの発注を決定する権限を持たなければなりません。サプライヤがそう認識するのも大事ですが、購入要求する社内関連部門にも、同じく認識してもらわなければなりません。これは「要求元マネジメント」と、社内ルールの確立との2つのポイントの両立によって実現します。

最後に「社内への影響力」です。購入に関する詳細は、すべて要求部門とサプライヤとの間で決定。調達購買部門では、注文書の発行のみといった状況では、社内に対する影響力の行使はできません。これは、早いタイミングで購入案件に関する情報を入手するところから始めます。情報によって、調達購買部門で購入実現までのプロセスのサポートをおこないます。具体的には、調達購買部門における情報力の向上にスポットをあてます。

それでは、次回から始める「決定版!調達購買視点での交渉論」をお楽しみに。

(つづく)

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