死んだ彼女との思い出(坂口孝則)
ある人の命日にちなんで、パソコンをいろいろと探しておりましたら、私がかつてどこかで書いた文章が出てきました。
(はじまり)
さりげない小物料理が美味しいお店。高いわけじゃないんだけれど、上品な感じがするお店。
そこで、ぼくの目の前に座っていた彼女がいきなり切り出した。
「ねぇ、あのね。私がいきなり死んじゃうとするでしょ?」
ぼくはコトバをさえぎった。「おい、そんなこと冗談でも言っちゃダメよ。言霊ってコトバもあるくらい・・・」
彼女は続けた。
「ううん。仮定でいいから聞いて。じゃ、ね。死ぬっていう話は止めるね。それじゃ、私が突然『石』になるとして」
「『石』? 石って、あの道端に転がっている?」
「そう、あの石」
訳の分からないぼくに、彼女はコトバを重ねた。
「そう、じゃぁ、私が石になったときにね。どうする?選んで。一つ目、私の存在に気付かないフリをしてくれる。二つ目、私をどうにか人間に戻そう頑張ってくれる。三つ目、一緒に石になってくれる」
途方もなく分からない問題に、ぼくは戸惑った。だけど、何らかの回答は彼女にしなければいけない。そう思った。
ぼくは数秒の沈黙の後に、こう言った。
「じゃ、二つ目かな。なんだか、そのままっていうのもイヤだしさ」
彼女の哀しそうな顔は今でも忘れられない。違うのよ、違う答えをしてほしかったの。彼女はそう語りかけているように思った。
なんでそんな顔をするのか--、ぼくには全く分からなかった。ぼくにどの答えを求めていた?もし、求めているんだったら、そう言ってくれれば、ぼくはその答えを即答したのに--。
そう考えているぼくに、彼女はこう言った。
「一つ目って言ってほしかったなぁ。だって、そんな姿になっているのよ。ウソでもいいから、気付かないって、言って欲しいの。バカみたい?ごめんね、でも、絶対もしそうなったら、私って、絶対に元に戻れないって分かる気がするの。そうしたときに、元に戻れって言われると、逆に・・・」
あはは、ごめんね。そう言ってぼくは、わざと話をそらそうとした。テーブルには食事が運ばれてきて、おいしいね、なんて普通の会話をしていたりした。
あの時--、と思う。もちろん、事実の重なりに「もし」はない。だけど、と思ったりする。あのときぼくは残酷な答えをすることが、逆説的に彼女を救うことができたのだろうか、と。
人を捨てることが、人を救うことになる。そんなことは今でも信じることはできない。だが、そういう可能性は本当にありうるのだろうか。いや、あってもいいのだろうか。
ぼくは思う。
あのときの答えは、何であってもダメだったのではないか。あのときぼくが何を言っても、彼女は残念な顔をして、「そうじゃなくてね・・・」と言ったのではないだろうか。
それにしても--、一つ目。それを選んで欲しかった、という彼女の顔は忘れられない。
哀しく、ぶざまな、自分。 幾日たった今も、そんなぼくはこの思い出から何も学べずにいる。
(おわり)
ほんとうに男は莫迦ですね。
<了>