東日本大震災から2年で調達・購買は変わったのか(坂口孝則)

・先日のインタビューより

先日、関西(大阪梅田・日本能率協会)で「東日本大震災から2年で調達・購買は変わったのか」のテーマでお話してきました。その後、インタビューという形でまとめることになり、ここに公開しておきたいと思います。

ーー東日本大震災から2年、ということなんですが、まずは原発問題からお話ししていきますか。

坂口(以下、「坂」):そうですね。先日、関西でもお話しする機会があったのですが、そのとき「東日本大震災はすでに風化している」といった声がたくさんあがりました。そこで思い出したのが、昭和の大思想家である鶴見俊輔さんのコメントなんです。鶴見さんは戦争責任について「大体100年ぐらいで風化する」と言っている。あるいは「戦争責任は100年ぐらいしかない」と言っているんですね。これは非常に面白いコメントだと思っているんです。なぜならば、100年というのにはそれなりの根拠があるわけです。おじいさん、そして子供そして孫……。彼らが生きて記憶や経験を伝えることができるのが100年ということですね。現在、戦争責任ということについては気を遣いながら話さねばなりませんが、この100年という数字は一つの基準として面白いと思います。

ーーそれが調達と関係が?

坂:ここからあえて曲解してお話すると、企業の担当者というのは1年ぐらいで担当品種を変わるわけです。とすれば、3代という考えをすれば3年です。2011年、2012年、2013年。その3年と考えれば、今年2013年に震災の記憶が風化するというのは当然かもしれません。

ーー行ただ、今でも電力各社が値上げ申請をするなど、震災の影響は間接的にも残っているといえるかもしれません。

坂:その通りですね。ちなみに言っておくと、電力各社は宣伝媒体を多く使って「自社の電力を使わないでくれ。節電してくれ」と訴えたわけです。これは日本の広告史上、きわめて目新しい事だと言わざるを得ません。なぜならばこれまでCMの役割は「自社の商品を買ってくれ」とメッセージを伝える役割だったわけです。しかし今回は「自社の商品を買わないでくれ」とお金を使って広告宣伝を打った。これは極めて異常です。

ーーなるほど。

坂:確かにそのように、電力費の値上げという問題はバイヤーにとって他人ごとではありません。しかしサプライチェーン全体の構築という意味ではどうか。あるいはBCPの再構築という意味ではどうか。これは正直言って、忘れられて、対策が後手に回っている。目の前にある案件を処理する方が大変というわけです。

ただし、これを私は悪いとは思いません。すべてのリスクを考え続けることは難しいからです。想像によって未知のリスクに対応することはも、ちろん尊い行為かもしれません。しかし、リスクをわかっていながら、あえて忘れるというのも知性だと私は思うのです。

ーーでは何もする必要がないということですか?

坂:いえ、そういう事ではありません。東日本大震災が起きた直後に私が言った通り、やはり優先順位をつけるべきだと思うのです。これまでのようにすべての製品に対してリスクをゼロにしようとする試み。これは「ゼロリスク信仰」と呼ばれています。それに対してリスクをマネジメントする方向に進んでいかなければいけません。

ここで面白い資料があるんです。各社はティア1だけではなくティア5とかティア6といった、すべてのサプライチェーン上の企業の情報を収集しようと躍起になっています。しかし、その結果はどうだったのか。情報収集できずに頓挫しています。東京大学教授の渡辺努さんがいらっしゃいます。この方の研究は面白いく、一つの企業がどれくらい沢山の企業とつながっているかをリサーチしたものです(このページをご参照)。渡辺さんはティア構造とは呼びません。リンクという言い方をしています。そうするとリンク4とかリンク5とかで、なんと50万社ともつながってしまうわけですね。

すなわちティア4とかティア5までの、すべてのサプライヤ情報を集めるというのは、50万社の情報を集めるといった意味と同等なわけです。これは不可能でしょう。

--繰り返しますが、しかしだからといって、何もしないでよいことにはならないでしょう。

坂:はい、そこで優先順位という話しをしました。優先順位の高い部材に対しても無策のままでいろ、と私は言っていません。マルチソース化、あるいは在庫化、あるいは海外サプライヤーへの大胆な切り替えもありうるかもしれません。そこで役に立つのが、世界銀行のレポートあるいは地震調査研究推進本部のレポートです。これらを見ると世界のどこをリスクヘッジ先として考えることができるのか、あるいは日本の中でどこが安全な地域なのかわかることができます。

--しかし、それにしても日本はすべての地域が危ない。

坂:おっしゃるとおりです。例外は、九州そして広島や岡山、あるいは北海道の上の方くらいです。

--この地図に加えて、原子力発電所の位置なども考慮すべきなのでしょうか? あるいは現在、すべてが止まっているのでその検討の必要がないのでしょうか?

坂:それは難しい話です。原子力行政がどうなるかは、調達・購買に大きな影響を与える可能性がある一方で、その動向を正確に把握することはできません。ただし、ひとつだけ理解しておいたほうがいいことがあります。みんなは「原子力発電所が東日本大震災の影響で止まった」と言っています。それは正確ではありません。正確には定期点検を迎えることで止まったのです。浜岡を唯一の例外として、それ以外は、なし崩し的と言ったほうが近いと思います。定期点検まで止まらなかった。そして止まった以降は、再稼働できない。そんな状況です。日本人というのは慣性の法則で行動するとよく言われますが、今回もまた大きな流れに乗った行動をしたわけです。

ーー話を戻させてください。では実際、東日本大震災2年の変化として各調達・購買部門は変わったと言ってよいのでしょうか?

坂:変わる必要があるのか? そしてどこまでを変える必要があるのか、それは私が先ほどお話した通り、各企業が考えるべきことだと思います。

ただその一方で、現状はどうなのか。これを考えるに良いアンケートがあります。これは株式会社アジルアソシエイツが実施したアンケートで、設問は「2011年の震災・原発事故・タイ洪水等により御社の調達・購買・資材部門で何か変わった点はありましたか?」といったものです。結果、「はい」が82%、「いいえ」が18%です。私は「いいえ」と答えた正直な18%に注目したいところですが、今回はやめておきましょう。

その「はい」82%の内容です。この設問の後に、その変化内容を問う設問があり、大きく三つほどの傾向があります。一つ目は全体の12.1%の企業が、標準品を中心に「マルチソース化」を実施していることです。マルチソース化とは、国内海外あわせて2社以上のサプライヤーに同時発注をすることでリスクヘッジしようという試みです。またカスタム品に近い領域に関しては、同じく12.1%が「取引先との関係強化」を挙げています。「取引先との関係強化」とは何を指すのか、議論がわかれるところではあります。しかし、古くて新しい、サプライヤーとの密接な関係性構築に再び注目が集まっているのでしょう。そしてサプライヤーではなく、「自社のBCP見直し」。これが15.9%ともっとも高い比率の回答があったようです。

2010年の中小企業庁の調査では、わずか15%ほどの企業しかBCPを持っていないとされていました。これは別調査ではありますが、震災後2012年以降であっても、BCPを持っている企業は40%です。すなわち、残り6割がまだBCPの構築すらできていないのが現状です。

--この現状についてどうお考えですか?

坂:繰り返す通り、すべての製品に対して、リスクをゼロにすることはできません。そこはやはり優先順位をつけた施策を打っていくべきです。もちろん、生産というのは一つの部品がなくなっただけでもできませんから、その意味では不十分な対応かもしれません。しかしそれでもなお、やはり私は製品をランク分けする必要があると思っています。

優先順位の高い製品はしっかりとしたリスク対策とBCPを構築すること。そしてランクの低い製品……。これは言葉が悪いですが、もし災害に遭ってしまったら、そのときにいかに素早くリカバリーできるかを考える。「大震災のとき!」という本の中で、IBMの寺島哲史さんは「クラッシュマネジメント」というすぐれた単語を使い説明なさいました。クラッシュが起きたときにいかに対応するか、そしていかに復旧・復興するか。これは、経営トップを含めた緊急チームを早急に作れる仕組みづくりを持ったり、身近なところでは、設計と調達部門の臨時チームを作ったり、あるいは特別採用部品の迅速な臨時採用プロセスを作り上げたり、といったことです。

--そういうことを事前に作るのが……。

坂:そうです。それが危機を好機に変える一歩ではないかと。諦観のなかでも、将来に実効性ある施策を繰り出す。これこそが、大げさですが、調達の知性だと思うのです。

--今日はありがとうございました

坂:ありがとうございました。

<2013年5月28日 都内某所>

無料で最強の調達・購買教材を提供していますのでご覧ください

あわせて読みたい