ほんとうの調達・購買・資材理論(坂口孝則)

・25のスキルと知識がバイヤーを変える

今回も引き続き、「調達・購買担当者として必要な25の知識・スキル領域」を使っていく。この連載では、当25領域を一つずつ解説しており、前回までで「海外調達・輸入推進」が完結した(新規購読者の方々はバックナンバーを見ることができるまで、1ヶ月お待ちいただきたい)。

<クリックして図を大きくしてご覧下さい>

今回は連載の10回目だ。これまで「海外調達・輸入推進」のリクエストに応じる形で述べてきた。今回は、基本に立ち戻り、「調達・購買業務基礎」のC「交渉実務」を説明したい。

<クリックして図を大きくしてご覧下さい>

なお、私は処女作である「調達力・購買力の基礎を身につける本」のなかで、交渉は要らない、という内容を書いた。この意見はいまだに変わっていない。もちろん、主旨は、「交渉せずとも最適な見積を入手できるような仕組みをつくれ」だった。文字通り、交渉を否定するなんてケシカランというご意見をいただいた。しかし、繰り返すとおり、調達・購買部門は、交渉せずともサプライヤから適切な条件を引き出すことだ。よって、今回の「交渉実務」も、その先には「交渉しなくても良い状況を創り出す」ことを意識してお読みいただきたい。

・交渉準備として

ところで、交渉といっても、すべてのサプライヤにまんべんなく力をかけるわけではない。重点的に交渉すべき相手がいるはずだ。考えてみるに、製品A目標価格100円にたいして90円の見積りを提出するサプライヤがいる。いっぽうで、製品B目標価格100円にたいして110円の見積りを提出するサプライヤがいる。もちろん、90円のサプライヤにがんばって交渉して89円にしてもらうのもいいだろう。しかし、目標価格以下なのであるから、注力すべきは110円のサプライヤを100円以下にすることだ。これは強調しておきたい。

というのも、まんべんなく力をかけてしまって、あまり意味のない交渉に時間を費やす調達・購買部員がたくさんいるからだ。そこで、各サプライヤの傾向を把握して、事前に力のかけ具合を想定しておくことが望まれる。

そこで使えるのが、サプライヤ性向分析だ。サプライヤ性向分析では、サプライヤを四つに分類する。

<クリックして図を大きくしてご覧下さい>

「良い子」「悪い子」「駄々っ子」「いたずらっ子」の四分類だ。この呼称がお気に召さなければ、何か他の単語に変えてほしい。このマトリクス分析では、縦軸と横軸に、それぞれ「見積価格と発注価格の差異」「発注価格と目標価格の差異」を置いている。やや詳しく説明すれば、次のとおりだ。

・縦軸「見積価格と発注価格の差異」:最終的な発注価格は、当初の見積価格と違うか、あるいは近似しているか。縦軸の上には「見積価格と発注価格が大幅(○%以上)に異なる」と書いている。この「○」には10%なり20%なり読者の企業にあわせた数値を設定してほしい。最終的な発注価格が、当初の見積価格と大幅に異なれば、そのサプライヤは「ふっかけてくる」特性をもっている。逆に、近似していれば真摯な見積りを提出する特性がある。ただし、最終的な発注価格が、当初の見積価格と近似しているとしても、その発注価格が目標価格以上であればさほど意味が無い(独占企業など、やむなく発注する必要があるサプライヤなど)。そのために、横軸が存在する。

・横軸「発注価格と目標価格の差異」:最終的な発注価格は、目標価格以上か、あるいはそれ以下か。「発注価格が目標価格以下(○%以下)」と書いているところには、2%なり5%なり、これも読者の企業にあわせた数値を入力してほしい。

そうすると、四分類が完成する。それぞれ「○社」と書いてある。たとえば、読者がつきあっているサプライヤが100社あるとしたら、この四分類がそれぞれ何社になるかを見てほしい。

・「良い子」:(当初の)見積価格と(最終的な)発注価格が近似。しかも目標価格以下。

・「悪い子」:(当初の)見積価格と(最終的な)発注価格が乖離。かつ目標価格以上。

・「駄々っ子」:(当初の)見積価格と(最終的な)発注価格が近似。しかし目標価格以上。

・「いたずらっ子」:(当初の)見積価格と(最終的な)発注価格が乖離。しかし目標価格以下。

余談だが、この四分類はかなりインパクトがある。上位者に説明するときも、サプライヤの性向をはっきりと明示できる。上位者からサプライヤへの指導にもつながるだろう。もちろん交渉なり指導なりの時間をかける配分は、「悪い子」「駄々っ子」「いたずらっ子」「良い子」となる。

そこで、交渉の実務へと話は移る。ただし、前提として注意すべきことがある。

・そもそも論としての交渉前提

再掲だが、交渉の前提を述べておきたい。

1.そもそも交渉以前の場合がある
バイヤーが「価格を下げてくれ」といい、営業マンが「これが限界だ」と言い返す場面がある。ただし、この場面においてはバイヤーはまずコスト分析をするべきだ。これを交渉論の舞台とすることもあるけれど、これは交渉以前の話だ。価格分析をしっかりやること。そのうえで、現在の価格が限界ではないにもかかわらず、相手が「下げたくない」場合に、交渉の余地があると考えるべきだろう。

2.無理やり引き受けさせることが交渉ではない
嫌がっている相手を脅したり、あるいは駆け引きで有利な条件を引き出すのは、今回の範囲ではない。

3.会社によって交渉力が異なるのは当然
購入量によって交渉力が高まったり、低くなったりすることは避けがたい現実だ。また、サプライヤとバイヤー企業間の、つきあいの歴史も交渉力に影響する。よって、大企業の圧倒的な購入量を背景にした交渉術を学んでも、中小企業は使えない。少なくとも鵜呑みにはできないはずだ。ここでは、交渉の基本を述べていく。自社の業務へのアレンジはみなさまの応用力を期待している。

この前提のうえで、交渉の基本を述べる。

交渉とは、「サプライヤとバイヤーが、ある制限のもとで、限られたリソースをめぐって、合意に到達しようとするプロセス」である。と書くと、奪い合いのイメージがある。したがって、騙し合いを想像しがちだ。もちろん、個人間の売買では、単発がゆえに、そのようなこともあるだろう。しかし、企業間取引の場合は、協調的な側面も存在する。市販されている交渉術の類が役にたたないのは、その場限りの交渉を想定しているからだ。

企業の調達・購買部門の交渉においては、自己の提案や立場を理解してもらい、中長期的な関係を考える必要がある。いわゆるWin-winの関係作りだ。目の前の点だけを見ずに、将来につながる線を見ているか。また相手の営業マンが、社内を長期的観点から説得できる材料をバイヤーは与えているか。そして、両社のための決定になっているか。これらを念頭に、交渉の実務を遂行したい。

・交渉にあたってのポイント

交渉の準備としては、次の六つがある。

1.自社が有利になる材料を揃える:たとえば、今後の発注量予想。今後の開発案件。市場の見込み。価格交渉のときにしても、各種の条件交渉にしても、サプライヤがこちらの意見をうなずいてしまう材料を準備しよう。

2.高い目標とその根拠を準備する:最初からサプライヤの反応を勝手に予想して、目標値のハードルを下げるのではなく、高い目標を掲げる。そして、その目標値が妥当性をもつことを証拠なり試算をもとに説明できるよう準備しておく。

3.情報収集と情報管理を行う:サプライヤが置かれた状況、そして他の競合サプライヤの情報をしっかりと入手しておく。そうではないと、着地点がわからなくなる。そして、交渉の初期段階からすべての情報をオープンにするのではなく、サプライヤの反応によって、情報を小出しにするよう予め計画しておく。

4.自信をもった態度・表情を訓練しておく:精神論ではあるものの、自信のなさそうなバイヤーは、サプライヤから最適な条件を引き出すことができない。購入する立場は、基本的に強い。それは言葉づかいを乱暴にして良い意味ではけっしてなく、交渉をリードできる立場であることを知ることだ。交渉前に心を整え、精悍な表情を練習しておくことだ。

5.サプライヤのニーズを予想する:サプライヤは目の前の案件を獲得したいのか、あるいは獲得したくないのか。その理由は何か。もし、獲得したい場合は、売上・利益・実績などの、何を確保したいのか。また、獲得したくない場合、かつこちらはお願いしたい場合は、どんな条件を変更すれば請けてもらえるのか。これらを仮説化し、予想しておく。

6.譲歩計画を立てる:目標価格なり条件を提示した際に、サプライヤの反応はどのようなものか。「拒絶」「許容」「保留」の3パターンが考えられ、それぞれの場合に、どう対応するか。とくに「拒絶」された場合は、こちらが譲歩できる点や内容はあるか。また、何をいわれたときに、どう譲歩するか。これらも予め計画しておく

そして、交渉実践としては、次の5ポイント+1ポイントがある。

1.お願い・依頼する:躊躇せずに、相手に自分が目標として掲げている内容・価格を伝える。馬鹿げたことだと笑うかもしれない。しかし、曖昧な態度のままで、目標をハッキリさせないバイヤーは多い。伝えないことは、伝わらない。以心伝心は、そのほとんどが家族や恋人間のものだ。

2.相手の答えの内容を予め絞らない:クローズ質問とオープン質問がある。クローズ質問はYesかNoかで答える質問。オープン質問は、自由に答えてもらう質問だ。クローズ質問の場合、多様な答えを聞き出せない場合がある。したがって、「この原因はAですか?」よりも、「この原因として考えられることを教えてください」のほうが、相手から多くの情報を吸い出すことができる。

3.相手の答えを自分なりに繰り返す:「つまり、こういうことですか?」「一言でいうと、こういうことですか?」「簡単にいうと、こういうことですか?」と相手の答えを要約する。交渉後に結論の解釈をめぐって争いになることがある。それは、同床異夢のまま交渉をすすめていたからだ。かならず相手の発言の意味・意図について、理解が正しいか確認する。
*同床異夢:同じ寝床に寝ても、それぞれ違った夢を見ること

4.前提条件を変える:相手がこちらの依頼を受け入れない場合は、計画にしたがって、譲歩したり前提条件を変えることだ。これは準備していれば可能となる。また、重要なのは、相手が予想していたこと以外の反応を示した場合は、素直に「それでしたら、私たちも検討しますので、持ち帰らせてください」ということだ。その場で間違った結論を導くのを避けるし、そういっておけばそれを糧として、交渉の準備がさらに上手になる。

5.新たな目標での合意をとりつける:前提条件を変えて、先方が納得した場合は、かならず合意かどうかを確認する。合意したのか、やはり保留なのか、拒絶なのかわからないままに交渉を終えるひとは多い。キーフレーズは、「では、このような条件で合意でよろしいですか?」だ。そうすれば、先方も態度をハッキリさせることができる。

そして、プラスもう一つは、これだ。

6.無言になる:交渉の途中で、ついペラペラ話しすぎ、せっかく準備していた譲歩計画を前倒ししてしまうひとがいる。もうちょっとで先方から良い条件を引き出せるのに、自壊してしまうのだ。とくに日本人に無言に耐え切れないひとは多い。無言になりつづけるには練習がいる。先方に会話を投げかけ、無言になったら、じっと先方の発言を待つことだ。日々の交渉で意識してほしい。

・交渉後にバイヤーがなすべきこと

交渉計画を立案、交渉のあとは、かならずレビューをすることだ。「自分の交渉計画は正しかったのか?」「関係者にあらかじめ、もっとヒアリングすべきではなかったか?」「交渉の場での依頼は適切だったか?」「言葉づかいは正しかっただろうか?」「譲歩は計画通りだったか?」……。さまざまな反省点とともに、次回以降の交渉に役立つ気づきがきっとあるはずだ。

交渉上手なひとは、いきなり交渉上手になったわけではない。多くの実践と、多くの反省と、自分の弱点を克服する意思が、そのひとを交渉上手にさせている。しかし、そう考えれば、交渉の場が、すべて自分の研鑽の場になる。仕事をするとは、成長するということだから、自己業務の振り返りが大切だ。自分なりの交渉準備・交渉チェックシートをつくれば可視化できるし、それが自分の「型」となる。

そして、交渉の型を作ったあとは、冒頭でも話したとおり、逆説的ながら交渉をせずともサプライヤから適切な条件を引き出すことを目指すべきだ。もちろん、機械ではないから、交渉を廃することはできないかもしれない。しかし、25のマトリクス、「コスト削減・見積り査定」のB「競合環境整備」にあるとおり、競合だけで決められる仕組みを構築することも重要だ。あるいは、D「開発購買の推進」にあるとおり、そもそも安価なサプライヤを活用できる基盤づくりも忘れてはいけない。

交渉だけに熱中せず、交渉をしなくても大丈夫な仕組み・基盤づくり。まことに矛盾するような課題が調達・購買部門にはある。

<クリックして図を大きくしてご覧下さい>

ということで、今回「交渉実務」を話してきた。これ以降、次回もお楽しみに。

 <つづく>

無料で最強の調達・購買教材を提供していますのでご覧ください

あわせて読みたい