坂口孝則の「超」調達日記(坂口孝則)
■6月X日(月)■
・ダイヤモンド社のセミナーに行く。「営業セミナー」で、講師はあの佐藤昌弘さんだった。トークが面白い。営業を学びに行ったのではなく、トークを学びに行った。そのセミナーは120分だったのだが、佐藤さんはどうも90分と勘違いしていたようで、途中で気づいた様子。しかし、臨機応変にエピソードを交えながら、30分をまったくあまらせずに終了。
・これがプロの技だなあ、と感心しつつ帰路へ。自分自身へさまざまな課題が思い浮かぶ。「どうやったらお客を飽きさせずに話すことができるのか」「受講者に面白いと思ってもらうエピソードとは何か」「お客との対話はどの程度にすべきか」……。プロの噺家への道は遠い。
・場所は渋谷だったので、センター街を通る。まったく知らなかったのだが、センター街は「バスケットボールストリート」に名称を変更したのだという。これって良いのだろうか。あまりに犯罪のイメージがつきすぎていたことの反動だと思うが……。
・そういえば、最近「脱法ハーブ」が世間を賑わせている。それなら、タバコも分解して摂取すればラリることはできる。商品自体が問題ではなく、使用方法が問題。ただ、この種の問題は一番厄介だ。当局はかなり難しい規制を設定することになるだろう。
・そういえば、鶴見済さんの名著「人格改造マニュアル」では、たしかに「脳みそをチューニングして気楽に生きよう」と薬物を使ったとしても人格を変えることの「メリット」が書かれている。極端なリベラリズム思想においては、「身を滅ぼすのも自由」だ。しかし、俺はどうもこの考え方が気に食わない。やはり、薬物でも脱法ハーブでも、脳を覚醒させる物質を認めることができない。
・俺は(「私」とか「ぼく」とか、主語が混在してすまない)、かつてアンダーグラウンドミュージックを聞いていたときに、多くの「薬物中毒者」を見てきた。彼らの音楽作成においては、きっと有効だったんだろう。しかし、10年後には、その多くがボロボロになり、精神を病んでいた。一度、ライブハウスで仲良くなったローディーのTくんが「警察に追われているので助けてくれ」と電話があった。俺は電話を切った。後日談では、その「警察に追われている」こと自体が妄想だったという。もう終わっているな、と思った。一つの薬物中毒の顛末だった。
・薬物はやめろ。そんな俺の考えは常識的すぎる。つまらない意見だろう。しかし、薬物はやめておけ、と常識的な意見を言っておくことにする。
■6月X日(火)■
・一日中セミナー講師。7時間も立ちっぱなしは大変。年間200日セミナーをやっているひとがいる。信じられない。体力はどうなっているのだろう。
・某雑誌編集者から連絡。どうも、ぼくの連載記事が大人気だそうで(いまだに信じていないが)、単行本にしたいという。まだ数回しか連載していないのだから、「それは無理でしょう」というと、「連載内容を10倍くらいに膨らませてくれませんか」だそうだ。おい……。
・文章を売るようになるまで「4000字よりも、400字が難しい」と聞いて、ウソだろうと思った。どう考えても、十分の一を書くほうが簡単だと思った。しかし、いまやっと理解できる。圧倒的に長い文章のほうが簡単だ。しかも、雑誌連載は、ぼくに興味がないひとが大半なわけで、いかに読ませるかは訓練になる。
・まあ、とはいっても、ぼくはプロの書き手ではなく、あくまでもアマチュアなわけだが……。プロであっても、工夫をしないひとがいる。彼らに比べたらマシということだろう。
・違う連絡。ある知り合いの会社が資金繰りで困っていて、倒産間近だという噂。「最近お会いになったときに、そんなそぶりはありませんでしたか?」と質問される。もちろん、そんなそぶりはない。会社経営者たるもの、倒産の直前まで誰にも知られないようにするものだ。それにしても数千万円の借金か……。通常のサラリーマンだったら、自殺しかねない額だけれど、商売人っていうのは、借金が多額でも「いつか復活してやる」と、逆にギラギラしたひとが多いのだよなあ。
■6月X日(水)■
・珍しく、何も予定がない(正確にはキャンセルになった)。よって、たまった原稿を整理したり、資料をつくったりした。
・私塾の資料を作成。私塾とは、調達・購買の関連知識を少人数に詰め込もうというもの。ぼくも3年ほど講師をやっている。もう終了イベントなのでこれからご参加はできないものの、毎月実施しておりますので、サイトをご確認くださいませ。
■6月X日(木)■
・それにしても東京に住んでいると、高級マンションの新聞折込チラシがすごい量。あの「15000万円」という表記はなんなのだろう。1億5000万円のことか。理解するまでに時間がかかる。
・これらのチラシの意図はなんだろうか。そりゃ、販売しようとするためのものだろうけれど、庶民に配ってどういう意味があるのだ? 何か人をバカにしようとしているとしか思えない。あるいは大衆の労働意欲を削るためのものか。
・ためしに、電話してみた。「あの、マンションを内見したいんですが」「ありがとうございます。では、まずご予算をお知らせください」「なんで、いきなり?」「ご予算に応じて、どの部屋を紹介するか考えますので」「そうですか、では1億円くらい(もちろん、こんなお金は俺にはない。完全なる冷やかしである)」「残念ですが、そのような低価格帯の部屋のご用意がありません」「マジかよ」。
・ちなみに、このマンションは東京麻布のパークコート麻布十番というところだった。
・まあ、貧乏人のヒガミだわなあ。失礼しました。
■6月X日(金)■
・某マーケティング超有名人のセミナーに参加。もう二度と行かない。セミナーのくせに、高額商品を買わせるだけが主目的となっていた。「続きは教材で……」「これ以上のエッセンスは教材で……」だと。くだらない。
・それでも申し込みするひとがいるから驚き。まさに、宗教商法。悩み相談は無料、だけど高額な壺を買いなさい、という商法と同じだな。
・そういえば、この前、占い師の欺瞞について暴露しているひとと会った。いわく、「手相を見てもらうときは、占い師の顔に注目してください」と。なんでも、優れた占い師は、手相ではなく、あなたの顔の変化を見ているようだ。コメントを発し、それに相手がどう反応するかを眺めるだけ。
・俺は、占いくらいは、一つの娯楽と認めて良いのではないかと思っている。しかし、なかには詐欺師的な占い師もいる。そのようなひとたちから騙されるひとに同情を禁じ得ない。
・ところで、ぼくは「占いくらいは、一つの娯楽と認めて良い」と書いたものの、テレビで「今日の占い」などと放映している日本の状況については指摘しておきたい。占いとは世界的には「カルト」の一種だ。公共の電波を使って、(お遊びとはいえ)非科学的な内容を流し続けるのは、正確には放送法違反である可能性が高い。
■6月X日(土)■
・某所で有名女優と出会う。あまりに態度が悪くてびっくりした! なんか告げ口みたいだから、場所や名前は言わない。
・ところで、最近、GoogleとかFacebookでの社員採用基準が「いい人」であることを聞いて驚いた。と同時に納得した。一人ひとりが習得している技術レベルがいかに高くても、それは陳腐化する。どれほど第一線で活躍しても、やはり若手の能力には負ける日が来る。いや、それは中長期的な話ではなく、能力・スキル・知識の面では、誰だって入社後すぐに負け戦をつづけるしかない。そこで重要となってくるのは何か。「いい人」であることだ。いい人であれば、メンバーをまとめることができる。他者に質問して、フォローアップすることもできる。何より、プロジェクトがうまくまわる……。
・そうか、その意味で「いい人でいること」は実利的な効用をもたらすのだ。これはひとつの発見だった。たしかに、いい人がいるほうが、チームはうまくまとまるしね。それに、仕事力がいかに高くても、人格破綻者には誰も仕事を頼まない。
・その意味では、態度の悪い女優K氏には幸運を祈るしかないのであります。
・みんな、「いい人」を目指そう!(笑)