ほんとうの調達・購買・資材理論(牧尾直哉)

新規サプライヤー開拓論 1

2011年3月に東北・関東を襲った大震災。壊滅的な打撃を受けた東北地方には、様々なサプライヤーが位置しています。震災による供給停止そして、供給量の減少は、日本国内のみならず、遠く海外の企業にも大きな影響を与え ています。また、供給停止や供給量の減少によって多くのバイヤーは不安に苛まれています。このような事態に、バイヤーとしてどのような対応をすべきでしょうか。

今回の震災の影響で、関東・東北 のサプライヤーからの供給に滞りが発生してしまった。将来的にこのような事態に再び見舞われないために、新たなサプライヤーを震災地域以外に見いだそうとしているバイヤーもおられるのではないでしょうか。 もちろん、上層部や関連部門からの意向もあってのことです。。しかし、ここではっきり申し上げます。短期的視野で震災影響の解消を考えるとき、残念ながら新規サプライヤーの開拓は解決策にはなりえません。もしかすると、今後のサプライヤーマネジメントの中で、一品目に対し東日本、西日本と海外の3社をサプライヤーとして確保するなんて方針が出された企業もあるのではないでしょうか。置かれた状況によって必ずしも間違いではありません。しかし、今回の震災とその後の状況を踏まえ 、闇雲に新規サプライヤーの開拓へ傾斜してリソースを配分することは得策ではありません。

3年前の秋口のことです。やはり100年に一度の経済的災禍に見舞われました。多くの企業で仕事量が著しく落ち込みました。 一方各企業の生産能力、サービスの提供能力には全く問題がありませんでした。しかし、残念ながら仕事がない。私は当時出席した地方自治体が主催する商談会の異様な雰囲気を忘れることができません。 生き残れないかも知れないという危機感に苛まれ、是が非でも仕事を、新しい顧客を開拓しようとする姿勢。大手企業のブースには、 商談枠にあぶれたサプライヤーの皆さんが、チャンスを得るために名刺交換だけでも、と列をなしていました。これまでに数十回そのような場に出席してきましたが、あのような活気・熱気に充ち満ちた商談会はあれっきりです。以降、きっと受注も持ち直したんでしょう。そのような異様さは影を潜めたままです。

この2つの例から学べること。新規サプライヤー開拓とは、経済環境の変化に 際して行なわれがちです。しかし、売り手にも買い手にも新規に取引を開始することはそんなに簡単ではない。で、あるならば、経済環境による影響を基点にして、周囲と同じような動きを取る場合、取引実現するための競争は激しくなります。よくよく考えてみてください。経済動向とは、実は経営戦略の中で十二分に勘案されているはずです。 リーマンショックや東日本大震災も、想定されるリスクとして捉え、コンティンジェンシープランを設定すべきものです。コンティンジェンシープランまで含め、的確に策定された経営戦略を実現するための戦術として、新規サプライヤー開拓の必要性を議論し、要すれば実行しなければならないということです。

社内的にサプライヤーの窓口は調達・購買部門ですね。普段は勝手にサプライヤーへ連絡し、一方的に自分達の都合を押しつけようとする社内関連部門も、 震災の後は(というか、こんな時だけ)は調達・購買部門をサプライヤーの窓口として扱います。自社の注文残をどのように供給するのか、客先との契約をこれからどのように履行してゆくのか。震災の影響があったことは周知の事実です。問題は、供給できなくなった製品をどのように確保するかです。侃々諤々の議論が社内で行なわれているときに、 あるサプライヤーからレターが届きます。

その内容は、次のようなものでした。

1. 原材料の一部が供給停止になったこと
2. 現在、海外の原材料サプライヤーから供給を受ける段取りを行なっていること
3. 海外サプライヤーからの原材料供給には、一ヶ月程度の時間が必要なこと
4. 震災発生時には約半月分の在庫があったこと
5. 結果、半月から一ヶ月の生産停止期間が生じてしまうこと
6. 注文残は、限られた生産能力による優先付けをおこなわず、注文残の割合によって製品供給を行なうこと
7. 事態の沈静化まで、新規顧客からの注文には一切応じないこと

私は、このレターを社内会議で配布することによって、震災対応策検討のポイントを「モノの確保」から「顧客への納期遅延説得」へと移すことに成功します。 限られた時間の中、で、サプライヤーから足下を見られる新規サプライヤー開拓への圧力が弱まった瞬間です。バイヤーとして供給できないとのレターに感銘を受けるというのもヘンな話ですね。しかし、上記6,7の内容は、これまで意識して行なってきたサプライヤーリレーションが、理想に近く実現できていることを実感させるものでした。 同時に、何がなんでもモノを確保せよとの社内の雰囲気の沈静化には何者にも代え難い武器になりました。

今回のテーマに関して言えば、上記7の部分。確かに未曾有の災害に見舞われた後、供給能力が不足している状況は、営業部門には事業拡大の大きなチャンスです。これまでなかなか会えなかった、話を聞いてもらえなかった御客様に代替提案ができますからね。実際に私の勤務先でも同じでした。十分な供給量が確保できない震災後に、通常状態以上に在庫を積みませとの勇ましい号令が調達・購買部門にも課せられていました。震災によって被災しなかったサプライヤーに、通常以上の発注を行なって製品の確保をする。そもそも全く必要ありませんよね。生産能力に対する直接的な影響はないのです。しかし、とにかく集めることが叫ばれていたのです。

今回の震災だけでなく、人々を不安にさせる事象の後、人は皆「確保」に走ります。震災後の水や食料品の「買い占め」によっても明らかですね。需要>供給の状態です。確保するモノはまちまちですね。安全であったり、食料であったり、水かもしれない。企業にとっては、社外にある自社にとって有用なリソースです。需要>供給の状況下、われ先にと確保に走るバイヤーは、営業マンにとって足下を見つつ売り込むことができる千載一遇のチャンスを生むわけです。

今回の震災がバイヤーに生んだもの、一部の製品については「需要>供給の状態」に他なりません。しかし、今回のテーマである新規サプライヤーの開拓には、もっともそぐわない状況です。 周囲も同じように求めている、競争が激しくなっているのです。未曾有の震災という実際に起こってしまったことはやむを得ません。ですが、今回の新規サプライヤー開拓論は、実際は当座の震災復旧をおこなった後のアクションにな るはずです。ただ、現在の混乱期の様々なサプライヤー側の対応は、後の「サプライヤー開拓」に大きな示唆を残します。なので、メモを取って忘れないように残しておきましょう。

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