ほんとうの調達・購買・資材理論(坂口孝則)

「見積りのウソの見つけ方 第二回」

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・コスト分析によって見積りを下げる、あるいは競合で下げる

前回、サプライヤーのコストを下げる主流の方法には二つあるといった。「コスト分析一派」、「競合一派」の二つだ。

前者は、サプライヤーから見積りの詳細を入手しようとする。「材料費がいくら」とか「アッセンブリ費がいくら」とかを確認して、その見積りが正しいコストの積み上げになっているかを確認する。それに対して後者は、そもそもそのようなコスト分析は無用と考えている。後者が必要なのは、何よりも他社の相見積もりであって、交渉である。「サプライヤーが価格を下げるインセンティブは、競合他社の価格にある」と考えるために、前者のようなコスト分析は必要がない、というわけだ。

そこで、前回私はこのような図を提示してみた。

<図をクリックい ただくと、大きくすることもできます>

“材料費と加工費の原価を積み上げて、まずサプライヤーは製品のコストを計算する(=「原価分析領域」)。そ の後、どれくらいの販売費・一般管理費を加算するか、そしてどれくらいの利益を加算するかを決める(=「政治判断領域」)。”(引用元は前回の「ほんとうの調達・購買・資材理論」より)

そうやってサプライヤーは、バイヤー企業への販売価格を決めるのだ。

そして、このような変形図も掲載した。

<図をクリックいただくと、大きくすることもできます>

“「サンクコスト」とは、サプライヤーが「すでに支払ってしまった」コストことだ。加工費が「サンクコスト固定費」になっているのは、加工費の大半が設備の減価償却費で あり、すでにその費用は外部に支払われている。だから、「最悪この分は値引いてもいいかな」というコストだ。

それに対して、「非サンクコスト固定費」は、これから支払いが生じるもの(考えてみればわかるとおり、社員の給料などはこれから支払いが生じる)だから、「できるだけこの分は値下げしたくはない」という思いをサプライヤーは抱く。

また、材料費は「変動費」(生産に応じて必ずかかってしまうコスト)だから、この分をサプライヤーが下げることはほとんどない。”(引用元は前回の「ほんとうの調達・購買・資材理論」より)

だから、バイヤーから値下げ交渉があった場合は、「利益を削る」「サンクコスト固定費を削る」「非サンクコスト固定費を削る」という値下げ行動を取るのである。ただ、これも何回も書いてきたので、繰り返しはしない。

ここで私が申し上げたかったことは、「コスト分析一派」と「競合一派」のどちらかのみが正しいわけではなく、両者の利点をハイブリッドする必要がある、ということだった。すなわち、サプライヤーも原価(コスト)計算をしている以上、サプライヤーが提出する見積りのコスト分析は当然必要となる。ただし、コストの積み上げだけで価格が決まるわけでもないから、その政治判断領域は、交渉や競合、あるいは何らかの便益の提供によって抑える必要がある。

どちらかの手法のみを盲信してはいけない。また、どちらかの手法しか知らない、というのもあやうい。価格とはさまざまな力学が作用して成立しているものだからだ。

・政治判断領域の適正値の決め方

さて、今回は次のステップに行こう。「政治判断領域」の適正値の決め方である。

「政治判断領域」とは「利益」と「販売費及び一般管理費」のことだった。まさか、これを読んでいる人のなかで、「サプライヤーの利益なんて知るかよ! ゼロでいい!」と思っている人はいないだろう。「サプライヤーの利益は適正値であるべきだ」と考えているに違いない。だから、「適正値」を決める、という話しをする。

また、「販売費及び一般管理費」は、サプライヤーに営業マンが存在している限りゼロではありえない。また、バーチャルなサプライヤーではない限り、共通の電話代や光熱費や建家などが存在するので、これも「ゼロにするべきだ!」と主張する人はいないだろう。これも「適正値」を決める必要がある。

ここで、読者の入手している見積りの状況によって二つにケースを分けねばならない。

  1. 「利益」「販売費及び一般管理費」「材料費」「加工費」などが細分化された見積りを入手している場合

  2. さまざまなコストの内訳は書かれておらず、価格だけが「○○○○円」と書かれている場合

この二つである。私の経験では、2.の場合がかなり多いのではないか。しかし、ここでは便宜上、1.から説明をしたい。そうしないと、説明が難しくなるからだ。さきほどの図を、ちょっと入れ替えてみよう。

こうしてみる。そうすると、これは一つの製品の見積書だったはずだが、決算書の形式とも類似してくる。

<図をクリックいただくと、大きくすることもできます>

誤解しないでほしい。繰り返すものの、見積りに記載されているものは、特定の製品のコストであり原価であるはずだ。だから、それは決算書の項目ではない。

しかし、だ。決算書の売上高は当然ながら一つひとつの製品の売上が重なってできているものだ。だから、決算書のようなものを使わないテはない。「材料費」と「加工費」を加算したものを売上原価とみなせば、「販売費・一般管理費」と「利益」を足したものが、決算書上の売上総利益と比較できる。また、「販売費・一般管理費」を営業費用とみなせば、残る「利益」とは決算書上の営業利益と比較できるはずだ。

さあそこで、サプライヤーの決算書を手に取り、あなたがいつも受け取っている見積書と比べてみよう。どうなっているだろうか。

「利益」「販売費及び一般管理費」に関しては、適正値を決める際に、三つの尺度があることは知っておいたほうが良いだろう。

  • 同業界・他社なみ

  • 前回売買時と同等

  • 類似製品と同等

である。まず、決算書にて製品の見積りの「販売費及び一般管理費」等があまりに高くないかを確認する。決算書上では「販売費及び一般管理費」が5%程度なのに、見積書には20%ほど加算されていたら、それはきっと「やりすぎ」である。もちろん、決算書と見積書はイコールではないが、比較してみることはできる。それに、あまりに酷い値であれば、営業マンに聞くこともできるだろう。

ちなみに、私が説明した決算書については、上場企業であれば入手がたやすい。金融庁が一括で公開しているEDINETなどを見れば良い( http://info.edinet-fsa.go.jp/ )。それに、多くの上場企業であれば自分たちのホームページで公開しているだろう。

では、非上場企業であればどうするか。非上場企業とはいえども、損益計算書の作成義務はある(非上場企業の場合は、「財務諸表」とはいわずに「計算書類」と呼ぶ)。非上場企業であっても、公告の義務はある。ただし、実際はそれほど公告されていないのも現状だ。その場合の入手方法は次のとおりだ。

  1. 営業マンに「おたくの損益計算書(「計算書類」)をくれ」と言ってみる。これは意外に有効だ。

  2. 官報などの中小企業公告を購入する

  3. 帝国データバンクなどの外部調査企業を活用する

この三つであろう。私は1でこれまでいくつも入手してきた。ただ、なかなかうまくいかないときもあるだろう。その際は、有料ではあるものの、2と3を活用してみる。それによって、サプライヤーのコスト構造を丸裸にできる一歩になれば安いものだ。

さて、「利益」や「販売費及び一般管理費」は、いったい何%が適切だといえるのだろうか。これは業界によってさまざまなので、「10%です」、などという断言はできない。したがって、私は前述の通り「同業界・他社なみ」「前回売買時と同等」「類似製品と同等」という尺度をあげておいた。これらを、決算書をもう一つの武器として比較することで、なんらかの答えがおぼろげながら見えてくる。それを交渉のネタとしていくのだ。

では次に、見積りの詳細を入手できない場合や、その他のコストの妥当性についてどのように検証していくのか。見積りのウソを見抜き、正しいコストで調達できるように、どうすれば良いのか。

まだまだ深い話がたくさんある。

この続きは、また次号でも述べていこう。お楽しみに!

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