ぼくたちの好きな購買

「なんで、この価格で決めたんだ!!」

そのバイヤーは困難な場面に直面していた。

ある製品のサプライヤーとコストの決定を上司に報告していたときのことだ。

大型の案件だった。とある元国鉄客先のデータセンターのシステムを一手に引き受けるものだった。一つの案件で、数億円分の発注が見込まれる。

そのような大型の案件にもかかわらず、そのバイヤーは新たな試みを行っていた。

その試みが納得できないのか、上司はなかなか「分かった」とは言ってくれない。

分かってくれない理由は何だったのか。

それは、そのバイヤーが競合もせずに、1社決めうちで見積り依頼をしていたことだった。

上司は言った。「競合もせずに、なぜこのサプライヤーにしようとするのか」と。

そのバイヤーは言った。「どうせ、このスペックの製品は、このサプライヤーしか製造することはできません。それであれば、最初から複数社に見積り依頼をする必要がないでしょう」と。

上司は反論する。「でも、他社の価格レベルを知らずに決めようとするのはマズいんじゃないか」と。

そのバイヤーも再反論を試みる。「だから、他社はできない仕様なんです。それだったら、最初から1社と綿密に打ち合わせを行って、コストを安くするように両社で推進していった方が良いでしょう」と。

そのうち、上司は怒り出して叫んだ。

「だから、競合もせずに、なんで決めていいんだよ!なんで決めたんだ!」。

・・・・

そのバイヤーは私だった。

私は、すぐさま引き下がって、他社の見積りを偽造してやった。そして、マトリクスを作成して、「やっぱり最初に提案したところが一番安かったです」と比較して見せた。

そうすると、すぐさまその提案は通った。

調達・購買部門の上司はほとんどの場合、「他社と比較して安いか」という単細胞な評価基準しか持ちあわせていないので、結果が分かっている競合でも行わなければいけない。

だから、競合結果を偽造することは、若手バイヤーにとって必須のスキルである。

しまった。また皮肉が過ぎた。

しかし、今回はそれが本題ではない。

私が疑問に感じたのは、その上司が常日頃、「これからは、若手のみなさんの時代だから、どんどん新しい仕事のやり方を提案してください」と言っていたことに対してだった。

私の経験で言うと、本当に新しい手法の提案はほとんど通らない。

ちょっとだけ手法を修正するか、「ほどほどに」変化させる程度が関の山だった。

多くの場合は、「新しい仕事のやり方」など本当に期待はしていない。

そんなものを真剣に提案したら、真顔でこう言われるだろう。

「そんな簡単に変えられるか。ずっと続いてきたって事は、それなりに良いことだからだ」と。

こうやって、今日もまた一人若手バイヤーの熱意が消されていく。

・・・・

昔からの慣例を捨てることは難しい。

ほとんど大企業では無理だと言って良いほどだ。

一人のバイヤーがそれに、ささやかな反論を試みるとすれば、どうなるか。

「そんな簡単に変えられるか。ずっと続いてきたって事は、それなりに良いことだからだ」というコメントに対しては、「じゃあ、奴隷制度も男女差別も、ずっと続いてきましたけれど、それにどんな良い意味があったか教えてください」と訊いてやることだ。

できるだけ真顔で、目をずっと合わせて訊いてやった方が良い。

もし可能ならば、女性社員がたくさんいるところで、聞こえるように言ってやること。「男女差別が素晴らしいというのであれば、どう素晴らしいのか教えてください」と、論理をすりかえて、詭弁でまくしたてること。

ごめん。

本当に、こんなことを言ってはいけない。

こういうことを言えば、上司との関係が悪化することは必須だ。

こういうときは、「新しい提案をせっかくしたのに、否定されて非常に残念です」とだけ言えば良い。こういうことを何回か繰り返せば、上司も無視できなくなる。

それに、こういうエピソードが溜まったら、あとで本にも書ける(俺のことか)。

・・・・

昔から続いている、というだけの事実には何の意味もない。

正当性も、妥当性も保証されない。

考えてもみろ。今バイヤーがやっているほとんどの業務が時間つぶしにしかなっていない。

とりあえずの競合だったら止めた方がいい。それなら自分なりに方法を考え出して、効率的に、かつ安い調達が可能なように知恵を絞るべきだ。

そういうことを自分の頭で一つ一つ考え実行していく地道で愚直な活動の果てにこそ、新たな道はない。

ときには、上司に合わせて自分を曲げることがあっても良い。でも、そこに自分なりの信念と工夫がなければ、存在価値はない。

そういうバイヤーを評価してくれる組織がもっと増えますように。

「バイヤーは、上司を心の中でバカにしろ!!」

 

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