思い過ごしもスピードのうち
「そんなのそっちの都合だろ!!」
そのバイヤーは怒っていた。
いや、現代風に「キレて」いた、と言ったほうが正しいかもしれなかった。
相手は営業マン。この営業マンにとっては日常茶飯事のことであったが、何をするにも提出時期を守れない。
見積り依頼。
納期回答。
不具合解析回答。
何もかもが期限どおりにいかない。
この営業マンが「悪人」か「確信犯」であったのならば、まだ話は易しい。しかし、話を難しくしていたのは、その営業マンが「いい人」であったことだ。
期限までは、ギリギリまで頑張ろうとする。しかし、能力のなさか調整力のなさゆえか、期限に待ちあうことはない。
そして、バイヤー企業には常に迷惑をかける。
ときとして、「優秀な悪人よりも、無能な善人の方が害が大きい」という事実にまだ気づいていなかったバイヤーは、当初なんとかその営業マンをスピードアップさせようとした。
しかし、何度かのトライは徒労に終わった。
そして、ついにあまりに大事な見積りを遅延するに至った。1日でもズレたら意味がなくなるような種類のものだ。それを、遅らせた。
バイヤーは「ここで言わねば、いつ言うのだ」と自分に言い聞かせて、営業マンに苦情を冷酷に述べた。
すると、いつもの言い訳だ。
「いや・・・絶対に間に合わせようと思いまして。ギリギリまでやっていたんですが・・・それを、せめて分かっていただければ。なんとか、ご意向に沿おうと思ったのですが」
バイヤーは発言を止めてこう言った。
「知るかっ!それは、そっちの都合だろっ!!」と。
・・・・
そのバイヤーは私だった。
断っておくが、私は「キレる」ことなどほとんどない。恫喝がせいぜいだ。冗談である。
キレて、相手に思い知らせる効果があるときに、しかも年に数度もない。
私は怒ることにエネルギーを使うくらいなら、他にエネルギーを使いたい、と思う人間だ。
それにしても、上記のような営業マンの例はよく散見する。これはバイヤーにも散見する。
まず、そこには「ギリギリまで頑張ることが、一種の美徳である」かのような甘えに充満している。
考えてみれば、何の問題もなく提出期限を守っていればいいだけのものを、どこか人間は「努力のあと」を非常に評価の軸として持ってしまう。
優秀な営業マンならば、間に合わないと思った瞬間に、すぐにバイヤーに連絡するものだし、それは営業マンに限ったことではなくバイヤーとて同じことだ。
そんな簡単なことが忘れ去られている。もっと当たり前のことだが、「期限を守る」ということはプロであることの前提条件である。
会社組織の一員だから、そのような勝手なことをしても仕事があり続けるのだろうが、例えば電車で1分の遅れがあっても利用者から信頼を勝ち取れないことを思い出してみたほうがいい。
「頑張ったのですが」と、おのれの努力ごときを言い訳に使うことの恥かしさにもう少し自覚的になったほうがいい。
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これまでのサラリーマンの評価軸は労働時間の長さだけだった、ということは特筆に値するだろう。
例えば、入社2年目のAクンとBクンを比したときに、仕事が圧倒的に速いAクンのほうが、仕事が遅く残業代を稼いでいるBクンよりも給料が安い、ということは驚愕すべきことだ。
遅くまで残っている方は残っているほうで「どうせ残業代なんて一定以上はもらっていません」などという言い訳を繰り出したりする。
時間を軸にしている時点で、同じことである。
遅くまで働いている方が、評価する側からもわかりやすく、その労働超過の努力が認められる、という構図は笑ってしまうしかない。
「速く仕事をこなせる」ということをもっと評価した方がよい。
こんなことを言い出すと、「ゆっくりやった方が思考する過程で多くのものを得ることができる」、などという人たちが出てくるから困る。
誰か、そいつらに「無能が5時間で作ったコスト報告資料」と「優秀なバイヤーが30分で作ったコスト資料」を無記名で見せて、優劣をつけさせろ。
努力という軸ではなく、普通の人が10しかできないときに、50をこなすという能力を「スピード」で評価してやれ。
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通常人が100の時間をかけてこなしてゆく仕事を、もしあなたが50の時間でこなせるのであれば。
そうだとすれば、ぜひ残りの50のうち25を自分の自由な時間に使い、25分を早く提出すればいい。あまりに速く早いと「雑だ」という苦情を言い出す人に溢れる。
それ以上に、「資料作成屋」として使われないためにも。
通常の人が8時間かかるところを、6時間で終わるというのは、考えてみれば素晴らしいことだ。
1日で2時間も余るとすれば、その時間はそっくり将来への成長のための時間に使える。
加えていうのであれば、これは私自身の戒めでもある。
私自身が、そんなに仕事の期限を守っているかどうかは、私と金銭的な関係を持っている人の評価を待つしかないが。
少なくとも私自身は、「速さで俺を超えることができるならやってみろ」という意気込みでやっているし、何よりも速い(早い)ことは気持ちがいいということは強調しておきたい。
「バイヤーはスピードだけで勝負しろ!」