資料作成オタクに捧げるバラッド
「そんなことで仕事を評価するなよ!!」
そのバイヤーは驚いた。
全く仕事をしない同僚バイヤー。上司がそのバイヤーのことを評価する発言をしていたからだ。
「あいつなんて全く成果をあげていないじゃないか」とそのバイヤーは思った。
しかし、上司の評価は確固たるものに感じられた。
上司は言う。「彼の仕事は非常にキッチリしている。出張の報告資料なんてなかなかあれだけのものを毎回出せるもんじゃないよ」。
確かに--、とバイヤーは思った。「彼の場合、ちょっとした出張でも、びっしりと文字の詰まった出張報告を提出している。たとえ、その中身がほとんどなかったにせよ」。
そのバイヤーは、評価を受けている同僚バイヤーから「仕事で評価されるコツ」について聞く機会があった。
その同僚バイヤーはこう言った。「仕事の成果なんて、正直、誰も分かっちゃいないよ。誰だって最終的には似たような結果だろう。ということは、評価されるかされないか、はイメージにかかっていると言ってもいい」。
確かにそうだ--、とそのバイヤーは思った。
それが望ましいものではないけれど、少なくとも現実はそのように動いている。100円を安くしたバイヤーよりも、80円安くして成果資料を山のように提出しているバイヤーの方が高評価ではないか。
それはどこか違う--、とも思った。しかし、その現実を否定するだけでは評価されることはない。
そう思っているときにも、上司は変わらぬ口調で話すのだった。
「アイツの資料はちゃんとしてるよ。きっちりと仕事をしてるって感じだな」。
そのバイヤーは違和感を拭いきれず、こう思わずにはおられなかった。
「そんなことで仕事を評価するんじゃねぇよ!」と。
・・・・
そのバイヤーは私だった。
そこまで極端ではないだろう、と思われる方もいるかもしれない。
特にマネージャーで、部下の評価には自信を持っている人ほどなおさらだろう。
だが、とあえて言ってみる。全ての評価は歪んでいる。だからこそ、人事評価には終わりがないのだ。
冷静に人事評価を「評価」してみても、アピール度の高い人がより評価される傾向にあるし、それが成果を正確に表現しているとは決して言えない例が多い。
「アピールが上手い奴が勝つ」ということは別に最近始まったことではない。
だけれど、この障害にいかにして勝つべきか、と私は考えてきた。
「大変よさそうな工場でしたよ。はい、終わり」で済ませたいところを、何時間も無駄な資料作りに忙殺されたくはない。だが、評価はされないとより大きな仕事を任されない。
この悩みにどう答えるべきか、をずっと考えてきた。
逆手にとってやる方法を、考えてきた。
相手が無能な尺度でしか評価できないのであれば、無能な尺度を装ってみるのが近道であることが多いからだ。
・・・・
そういうときに、私は一つの手法を編み出した。
文字量さえ増やして、もっともらしいことをたくさん書けばよいのであれば、それを自動生成してはどうか--。
しかも、書類で使われる単語など似通っている。小説を書くのではない。エッセイを書くのではない。
もっと狭い、制約条件の中で書けばよいだけだ。
私はJavaScriptやHTML構文を学び、IE上で自動文章生成ソースを書き上げた。
それは、こんなものだ。
<HTML>
<HEAD>
<TITLE>出張報告自動作成</TITLE>
</HEAD>
<BODY>
<SCRIPT TYPE=”text/javascript”>
<!–
var msg = new Array();
// 出張報告表示
msg[0] = ‘今回の出張は○○社の生産性確認と、次期以降の稼働率について調べるものである。’;
msg[1] = ‘今回の出張の目的は、ライン内不良率の調査と、歩留まり向上策の打ち合わせである。’;
msg[2] = ‘今回の出張の目的は○○社の従来からの懸念であった直行率の低さについて調査するものである。’;
msg[3] = ‘今回の出張の目的は、発注継続品である××の工程を視察するとともに、これまでの在庫削減展開の進捗ついて確認するものである。’;
msg[4] = ‘今回の出張の目的は、次年度以降本格生産が開始される××のライン編成について確認するものである。’;
var no = Math.floor(Math.random() * msg.length);
document.write(msg[no]);
// –>
</SCRIPT>
</BODY>
</HTML>
msgの()の中には数字が入り、これらのどれかをランダムに表示してくれる。そして、このmsg構文を無数につなげることにより、一瞬で出張報告が出来上がる。
あなたの出張報告を分解してみろ。きっと一定のパターンと固定の単語、文章で構成されているはずだ。
それをランダムに表示させる、という試みである。さも意味がありそうで、実は中身のない出張報告や各種報告資料の作成手間を大幅に削ろう、という試みである。
これを組み合わせて長文を作ろうと思えば、明晰な人でも3週間はかかるだろう。
でも、安心しろ。その元はきっと取れる。
ちなみに、納期フォロー用のメール文章に応用すれば、毎回違った文面で緊迫感を伝えることができる。
こんなこと私は無料で教えてよいのかっ。
(ありがとう、と思った人は私の書籍を買うように。なんて)
・・・・
私は「どのようにして大量の文章を書く練習をしたのですか?」と訊かれることがある。
その場合には「日々の書類や出張報告で学びました」と答える。
本気なのだが、どうも本気にとってもらえない。
短時間で長文を書かねばならない、という制約条件が二者間で似通っている。
そして、どちらともたいしたことのない内容をさもすごいことかのように書かねばならない、という点でも。
フィクション、という点では全く同じである(冗談)。
「バイヤーは下らない仕事は手を抜いて、本当の仕事をしろ!!」