調べてみたらわかった○○なこと(坂口孝則)
調達担当者をやっていたとき、調べることを嫌う同僚が多いと気づきました。たとえば「世の中でこういわれている」「一般的にこういわれている」でおしまい。最近は、ウィキペディアで調べたことを貼り付けるだけの資料が目立ってきました。学生だけではなく、社会人ですらそうです。
調達・購買担当者は、市場のなかから歪みを見つけて戦略を創り、他よりも優位な購買活動を実現させるはずです。しかし、一手間をかけないひとが多いように感じます。ところで、私は仕事の過程で「一手間かけることの重要さ」を知ったのですが、最近、このような例がありました。
私の子どもはまだ小さく、子どもにどのような教育を施すべきか親御さんのあいだで話題になります。みなさんはジェームズ・ヘックマンの名前を知っているでしょうか。知らないかもしれません。ただ、「幼児教育の開始時点は、幼ければ幼いほどいい」とか「人生は5歳までの教育で決まる」とか「人生は3歳までの教育で決まる」といった論は聞いたことがありますよね。その根拠となるのが、ジェームズ・ヘックマンなのです。
私も、ふむふむ、というくらいは思っていました。「へえ、やっぱり幼いころの教育は大切なんだな」と。しかし、実際の研究を読んでみると、そんなことは書かれていません。ジェームズ・ヘックマンがやったのは、黒人の貧困層への教育を与え、それがどう彼らの人生に影響を及ぼすかの検証です。
そこで、ジェームズ・ヘックマンは、学習効果は消えてしまうと認め、かつ、長期的な影響を計測する難しさを述べています。「幼児教育の開始時点は、幼ければ幼いほどいい」とは、えらく違いますよね。ただ、彼は協調性などは残るようだ、と述べています。おそらく、この箇所があとあとに引き継がれる「伝説」になったのでしょう。
よくメディアでもインタビューの一部だけを切り取って放送すると、えらく全体の趣旨から逸脱して聞こえることがあります。でも、ちゃんと全文を読むと意図がわかるものです。さきほどの例も、一手間を費やすだけでだいぶ異なった風景が見える例です。
面白い例は、以前にも書きましたが、メラビアンの法則でしょう。メラビアンの法則は、人間の第一印象を形成する率を示したものです。
・ボディーランゲージが55%
・話し方や声の調子が38%
・言葉が7%
聞いたことがあると思います。ようするに、言葉よりも、見た目などが大切だ、と語るあれです。しかし、メラビアンは、そのようなことをいっていません。特殊な研究事例を指しているだけで、一般的にこの比率が成立するとはいっていません。だから、メラビアンがこう述べたと紹介するのは、明らかな間違いです。
また、マズローの欲求5段階説がありますね。生理的欲求、安全の欲求、社会的欲求、承認欲求を経て、自己実現の欲求にいたるという、あれです。この段階説について得意気に説明しているセミナー講師もいますが、ほんとうに原文を読んだのでしょうか。マズローが考えを途中で修正していることを知っているひとはほとんどいないのではないか、と思います(ではどう変わったか、知りたい方はマズローの著作をお読みください)。
だから、と思うのです。私たちの口癖は「ああやって書かれているけど、ほんとか」にしたいと。そう疑う癖をつけるだけで、だいぶスキルに差がつくはずです。しかも、調べた結果は、ビジネスパーソンとしての実力にもなります。こうやって話すネタにもなるでしょう。
今日の資料から反映したいものです。ところでみなさんは、もちろん、私が言ったからといって、私の記述を鵜呑みにはしていないですよね?