4章-8 モチベーションゼロの仕事術

ためしに、この「ニタニタ」を呼吸のたびに幾度か繰り返してほしい。そうしているうちに、「笑顔でいることは、つまり笑顔にふさわしい振る舞いをしなければいけない」という「言語ゲーム」にはまっていく。そして、そうやってはまることは、仕事上は良い効果をもたらす。

ちなみに、これも私の知人ならば知っているとおり、私は常にマスクをしている。理由を訊かれると、「風邪の予防です」というけれど、実はニタニタするためのものである。大の大人が理由もなくニタニタと笑っているのは、かなりみっともないため、私なりの工夫である。

ところで、私はふと、おかしなことを考えることがある。朝の通勤時、すれ違うひとたちの暗い表情ばかりを見る。誰もがうつむきながら、不安と絶望にさいなまれているように見える。ただ、冬になると、無数のマスク装着者とすれ違う。実は、そのマスクの下に満面の笑みを浮かべているひとたちがたくさんいるのではないかと想像してしまう。

学者によっては、ニタニタすることによって脳を活性化するホルモンが分泌されるというひとがいる。脳科学はまだオカルトの要素があり、私は完全に信じる気になれない。「脳トレ」で有名になった川島隆太さんは、自著でいきすぎた脳ブームを自省的に批判しているほどだ。とはいえ、経験的にいって、ニタニタすることで気が落ち着く効果はたしかにある。

そんなことを知ってか知らずか、朝すれ違う通勤者たちのなかでも、マスクを着けることで、ニタニタできる喜びを満喫しているひとがいるのではないだろうか。きっとそのひとたちは、冬が来るのが待ち遠しくてたまらないだろう。マスクの装着は風邪の予防には、ほとんど役に立たない。そんなことがわかっても、マスク派は愉悦のためにマスクを捨てる気にはなれないのである。

妄想が過ぎた。

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