テスラとサプライヤ対応
以前、私は自動車メーカーに勤めていました。自動車メーカーは、産業としてあまりに、ガチガチで新規自動車メーカーの参入はかなり難しいとされています。まず工場を建てるのに莫大な資金が必要です。さらに、サプライヤシステムの構築は一朝一夕にはできません。
また、行政との強固なつながりも必要です。日本では自工会が強い影響力をもちます。以前、ドイツでは、ナチス政権下でフォルクスワーゲンが成長したのは有名です。ナチスが国策として、強い自動車産業を志向しました。それくらい国策レベルで基盤が作られました。
その歴史的文脈のなかで、テスラは新参者として、自動車産業で成功した稀有な例となるのでしょうか。同社は、いわずとしれた、新参の電気自動車メーカーです。イーロン・マスクが経営者として有名ですよね。
なお、これまで自動車産業では、新規参入するたびに無残な結果に終わってきました。映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」で有名になったデロリアンは、もともとゼネラルモーターズ出身のジョン・デロリアンが創業しました。しかし、すぐさま倒産しました。最終的には無罪だったものの、麻薬保持の疑いでオトリ捜査を受けるなど、その倒産は誰かから仕掛けられたものだったのか、過程は謎に包まれています。
フォードからもトーマス・タッカーが、タッカー・コーポレーションという自動車メーカーを創業しました。ご興味あれば検索いただきたいのですが、技術的には優れており、革命的でもありました。ただ、同社の存在を脅威に感じた大企業が、大量の訴訟を同社にしかけました。そして倒産しました。
その他、大手自動車メーカー出身のひとたちがベンチャー企業を起業したものの、多くが潰れるか、潰されています。テスラはどうでしょうか。自社株買いを発表し、経営の自由度をあげようと取り組んでいます。なお、私の直観では、テスラはすでに大手メーカーとの連携もうまくやっているし、あからさまな外圧で潰されることはないだろうと思います。しかし、外圧よりも問題は、むしろもっと身近なところにあるのではないか、と思います。
それは、そもそも大量生産のサプライチェーンを構築できるのか、という問題です。先日、テスラは、サプライヤにたいして訴求値引きを求めたと報じられました。自社のキャッシュフローを改善するために、いわば禁じ手を使ったかっこうです。私は日経ビジネスオンラインで、その解説記事を書きました。
https://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/258308/080600151/
まだ事実が明らかになっていないため、慎重に書いています。ただ、周囲が、テスラの危機を感じたのは事実でしょう。これから、量産メーカーとして、ほんとうに成功できるかの正念場がやってきます。量産段階になると、ほんとうに予想もつかないトラブルで翻弄されます。ただ、そのトラブルを組織でうまく対処できるかが重要です。これまでの新興自動車メーカーで、倒産してしまった会社は、それができませんでした。
また、一般論で語れば、日米の自動車産業が成功したのは、サプライヤとの連携にありました。いや、蜜月といっていいほどの「戦略的癒着」にあったといえるでしょう。その意味で、訴求値引きを求めてしまうと、中長期的には訴求力を喪失してしまう可能性があります。
しかし、矛盾するようですが、コスト削減を要求したり、正当なコスト抑制を求めたりするのはおかしくありません。調達・購買部員には、いい加減ではなく、よい加減が、必要とされているのです。
それにしても、企業の成功が、サプライチェーン・調達部門にかかっているとは、これからもテスラの動向を注目したいと私は思います。
(今回の文章は坂口孝則が担当しました)