10億円の価値に気づかない調達・購買担当者
かつて「両目を失ったらどうしますか?」と質問されました。絶句していると「両目が戻るなら10億円くらいは払うでしょう」といわれました。それくらい、実は自分の環境の素晴らしさに気づいていない、という比喩です。今回は、「会社」という環境の素晴らしさについて述べます。
企業内の研修事業に携わって、6年が経過しました。これまでさまざまな企業の方々から、企業内研修や、講演のご依頼をいただきました。そしていまもいただいています。社内教育の一環です。結局、すべては教育だと思います。そもそも100年前に、日本人をきたるべき工業社会に備えようとした山県有朋は、日本人の歩き方を変えました。
それまで、日本人は右足と右手を同時に動かしていました。左足と左手も同時に動かす、いわば「ナンバ歩き」というやつです。それまでほとんどが農業従事者であったところ、教育によって変えたわけです。この教育がなければ、いまの日本はありませんでした。繰り返し問題を解かせるドリルは、もともと軍事訓練からの由来です。
ところで日本では「躾」という言葉があります。身に美しい、と書くこの単語は、中国生まれの漢字ではなく、日本で作られた言葉です。私は佐賀県の出身ですが、おなじく九州の薩摩藩の教育思想は「負けるな」「嘘をつくな」「弱いものをいじめるな」という三つでした。この三原則は驚愕的であり、相当な前から現代的だったとわかります。
これは歴史的な事実ですが、大卒社員が民間企業に就職するようになった歴史は長くありません。100年ほど前までは、官界、教育界、法曹界に進むのが普通でした。それを変えたのが当時の三井銀行です。三井銀行社長の中上川彦次郎さんは、実力に応じて給料をあげ、出世させるという、現代の「当たり前」を民間企業で展開し、大卒社員を大幅に採用しました。
そのとき注目すべきは、とはいえ、エリートと非エリートをわけなかったことです。そして、全社員で競争を活性化したところに日本企業の美があったように思います。さらに教育は全社員に与えられました。しかも、教育は業務のマニュアルにかぎらず、ひろく社会人としての幅を広げるものででした。これまた歴史的事実では、日本企業ほど「入社してしまえば、誰にだってチャンスがある」ところはありません。入社のしやすさ、しにくさはたしかにあるけれど、あとは本人次第です。そして会社も教育という形でサポートします。
さきほど躾について説明しましたが、実力を重視しつつも、全社員に教育機会を与え、節度と優しさをもてと社員に教育を施したところに、私はある種の日本人としての誇りを感じます。
私は調達・購買関連の講義を行っています(職業柄あたりまえですが)。しかし、私は単なるマニュアルとか、ツールの説明に終始するつもりはありません。もちろん、業務の手順とか、ノウハウをお伝えしなければ、講義として成り立ちません。しかし、そのノウハウを通じて、日本人の美や、そして業務に賭ける想いを伝えたい、情熱を伝えたいと思っています。
そして、何人かに一人、いや、何千人に一人であっても、この教育の機会で将来を変える若者に出会いたいと思っています。資源も何もない日本が生き残ろうと思ったら、教育しかないからです。
真剣に、お伝えしたいことが、あるのです。(坂口孝則)