【連載】調達・購買の教科書~インフラ、非大量生産系(坂口孝則)

今回の連載は色塗りの箇所です。

<1.基礎>
売上高、工事原価、総利益(粗利益)
資材業務の役割
建設業法の基礎
技術者制度
下請契約の締結

<2.コスト分析>
調達・委託品分類とABC分析
取引先支出分析
注文件数とコスト削減寄与度分析
労務単価試算、適正経費試算
発注履歴使用の仕組みづくり

<3.コスト削減>
取引先検索、取引先調査
コスト削減施策
価格交渉
市中価格比較
VEの進め方

<4.取引先管理>
ベンダーリストの作成
施工品質評価、施工納期評価(取引先評価)、取引先利益率評価
優良表彰制度
協力会社の囲い込み、経営アンケートの作成
協力会社への上限設定

<5.仕組み・組織体制>
予算基準の明確化、コスト削減基準の設定
現業部門との連携
集中購買
業務時間分析
業務過多の調整

・調達に必要なのは誤解力か

私は職業柄、多くの中小企業と仕事をします。そして、ご存知の通り、かなりの比率の企業が事業継承で悩んでいます。ご子息がいるケースは大半ですが、そのご子息も、継ぎたくないというわけです。

現在では「自分探し」がさかんです。自分は何をやって生きるべきか。何を天命とすべきか。それを悩んでいるひとたちが、自己啓発セミナーや海外にいってヒントをもらおうとしているわけです。私は不思議でなりません。それほど、親の事業を継ぐのが明確であっても――それはいわゆる自分を探さずとも、自分の使命が明確であるにもかかわらず――誰も継ごうとしないのです。

以前、こういう小説を読んだことがあります。江戸時代に、三代、将軍に仕えて、そして将軍を暗殺するものです。三代も仕えれば、将軍一家からの信頼は相当なものですから、その末に殺してしまおうというわけです。一代目が計画をたて、そして、三代目が暗殺を実行します。

そのとき、二代目の役割はなんでしょうか。明確に、計画を隠しながら、将軍に仕えることです。さきの例でいえば、自分探しなどする時間もなく、なにもかもが明確です。ところが、その二代目こそが、もっとも生きる覇気を感じられません。なんという皮肉でしょうか。自分が明確であるほど、覇気がないとは。

いや、たぶん逆なのではないでしょうか。生きる充実、というものと、自分がなすべき使命というものは、きっと相反するものではないでしょうか。もっといえば、充実には、あらかじめ定められた使命感の欠如こそが重要なのです。きっと、仕事をしているうちに、これが自分にとっては重要なのだと思い込む「誤解力」こそ重要なはずです。

私はおなじく、職業柄、多くの芸能人と出会います。その際、お決まりのように「この世界に入ったのは偶然だった」といいます。はじめのころ、私はそれを嘘か冗談だと思っていました。「母親が勝手にオーディションに応募した」とか「友だちが事務所に勝手に写真を送った」とか。しかし、いまでは、それらの発言はほんとうなんだと思っています。

まったく自分探しなどせず、ただただ偶然に巻き込まれて、仕事を真摯に重ねた結果、いまの立場になっただけではないか。探した結果ではなく、気づいた結果に、天職があったのではないか。そう理解しています。

よく私は、「調達・購買をやっていて、これが私の仕事とは思えません」と、よく意見を聞きます。しかし、私は逆に訊いてみたいのです。「どれだけ真剣に試行錯誤したあとに、そんなことをいっているのか」と。自分探しなど意味をなしません。そんな時間があったら、目の前の仕事に全力投球して、法則を見つけ、仮説化のなかから論理を創り上げ、なんなら本でも書いてみたらどうでしょうか。そこまでしたら、結果的に、天命が見つかると私は確信しています。

・予算基準の明確化、コスト削減基準の設定

工事は施工の前に、当然ながら予算を設定します。そうしなければ、客先への価格提示ができませんし、また利益を出すことができません。予算を積み上げたあとに、施工の計画を立て、それを工事委託と物品購入に割り振ります。調達・購買部門は、それを守るために尽力します。

さらに、その工事施工後に、委託金額を積み上げ、その予算と実額を比較管理します。あってはならないことですが、予算額を超過していたら、利益が出ませんのでどこに問題があったのか確認せねばなりません。また、逆に、予算を大幅に下回っていたとすれば、より精度の高い予算積み上げに寄与できるようにします。なぜならば、客先への見積書が高すぎて、失注する可能性があるためです。

と、ここまでが教科書的な予算管理となります。しかし、実際には、調達・購買部門というよりも、現業部門の「うまさ」によって、その案件の難易度が決まるケースが多々あります。

客先と現業部門が蜜月な関係にある場合は、意図的に「高め」に予算を設定しておきます。そうすると、調達金額の絶対値が安いわけではないのに、見た目上だけは、異常なコスト削減率になってしまうのです。

逆に、現業部門がうまくない場合は、ギリギリの予算で積み上げるために、調達・購買部門も、かなりギリギリの価格となり、相当がんばって交渉したとしても、それは評価されません。予算の達成は、どこの企業も必須だからです。もちろん、この意味の「うまくない」は一つの比喩です。

さらに問題は、現業部門が「うまい」場合は、あえて現業部門に「予算が甘いじゃないか」と伝える倫理観をもっていないと、高い見積書の取引先と交渉しないケースもありえます。さらには、調達・購買部門のなかで、「うわあ、あの担当者だから、今回の案件は厳しいぞ」とか「あの担当者だったら、客先とうまくやってくれるだろうから安心だ」という奇妙な会話がかわされます。

その結果、支出データを見てみると、同じような工事なのに、いっぽうは高く、いっぽうは安くなっているのです。さらに調達・購買部門がそれを放置している側面さえあります。運良く「うまい」担当者にあたったら、調達・購買部員の成績がよく、運悪く「へたな」担当者にあたったら、調達・購買部員の成績が悪いというわけです。

あえて書くまでもありませんが、「うまい」「へたな」とは皮肉で書いていますので、そのままの意味で捉えないでください。

そこで「予算基準の明確化、コスト削減基準の設定」の節が意味をもちます。理想論の順に、この対応策を述べていきます。

① 全社的な原価管理部門の創出:現業部門、技術部門、営業部門、調達・購買部門を含め、絶対基準で予算策定できる部門をつくることです。それによって、案件ごとの予算差をなくし、一定基準での予算設定ができます。もちろん、予算が適正に定められたからといって、販売価格をも安くする必要は、かならずしもありません。ただし、営業部門も、ギリギリの予算を理解することで、譲歩余地を知られます。

② 対内予算と対外予算の二重化:これは二重帳簿ではありませんが、社内で確保しておく予算とともに、実際はどれくらいの調達価格に抑えるべきかを現業部門と協議することです。さらに、これは難しいことではありますが、コスト削減の基準も、実際の予算ではなく、絶対値の査定価格からのマイナス額で計算すべきでしょう。

③ 調達部門としての挟持:社内の現業部門がどのような予算を計上していたとしても、調達・購買部門だけでも、絶対値で交渉し、さらにコスト削減基準も初回見積書比、予算比ではなく、絶対値比とするものです。すくなくとも、調達・購買部門内部で上司が決裁をする際には、その価格根拠をしつこく問い、最低でも類似工事との要素比較を必須とすべきでしょう。

・コスト削減基準のあれこれ

なお、一般的にコスト削減基準としては、次のものがあります。

●新規工事予算達成度:これがインフラ系企業でもっとも理解しやすいでしょう。それぞれの工事案件で目標とした予算基準にたいして、達成した度合いのことです。

 計算式例:(目標予算-実際予算)/目標予算

なお、当指標は、かならずしも、調達施策だけではありません。現業部門のがんばりで、施工上の低減工夫もあります。その施工上の工夫を除したうえで、純粋に調達・購買部門の低減額を計算する場合もあります。

●コスト削減額(Cost reduction):これは、物品の場合、前期単価と今期単価の差額を累計して計算するものです。また、工事等の場合は、前記にくらべて、安価に施工できた金額を計算します。

計算式 : (前期施工単価-今期施工単価) * 購入量

また、市場価格との差異を計算する場合もあります。

●コストアップ回避額(Cost avoidance):これは調達・購買担当者が何らかのアクションを起こした結果として、達成したコストアップの回避額です。たとえば、原材料価格を交渉で抑制した場合などです。労務費の場合は、買い叩きになっていない前提で、値上げ申請分とくらべて、適正な価格にいたった場合、それを評価することです。

計算式例: (取引先からの値上げ申請額-調達担当者による交渉後価格)* 購入量

ここまで書いていてなんですが、とはいえ、もっとも使われている基準値は、初回の見積価格です。それは採用がたやすい基準だからです。私はこれを批判しません。ただ、少なくともいえるのは、その基準値をもつ際に、取引先からしても「最初は高めに出しておこう」と思いがちになるし、調達・購買担当者からしても「最初は高めに出してもらおう」と思ってしまいがちになる点です。

もちろん、それを自覚したうえで、調達・購買部門の評価をあげるための意図的な戦略、ということであれば、私は申し上げることはありません。

(つづく)

無料で最強の調達・購買教材を提供していますのでご覧ください

あわせて読みたい