ほんとうの調達・購買・資材理論(牧野直哉)
新・交渉論 3~交渉時に必要な「感情」への配慮
今回は、交渉の際に、避けて通ることができない「感情」の問題です。あえて、交渉の場にどのように感情を持ち込むのか。そして交渉の好ましい結果に、どうやって感情を利用するのかについてお話します。
数多ある交渉の文献に照らしても、交渉の場に「感情」を持ち込むことを良しとしていません。しかし、我々バイヤーが行なう交渉も、法人間とはいえ、実際に交渉するのは人間です。感情とは、物事に感じて起こる気持ちです。外界の刺激の感覚・観念によって引き起こされる、ある対象に対する態度や位置づけでもあります。(大辞泉 小学館より)交渉へ感情を持ち込むべきでないという、そうすべき論へ異論を挟むものではありません。しかし、100%感情を排除した交渉って、そもそも可能なのでしょうか。
自分の経験を思い返してみます。感情が先に立ってしまった交渉は、あまり良い思い出ではありませんし、結果もともなっていません。でも、人間ですからどうしても感情は存在するのです。交渉へと至った経緯によっては、面白くない内容も当然あるわけです。しかし、その「面白く無さ」を相手にぶつけたところで、解決への効果的な影響は生みません。少なくとも私の経験においては、自分の想いは遂げられていない。私は、身をもって交渉に感情を持ち込むべきではないと考えるに至っています。
感情が先に立つ、これは実際の交渉の前段階としては、前回、前々回に述べた、交渉の結果を大きく左右する準備も不十分なものにします。交渉とは、当事者間に存在する問題を話し合いによって解決へと導くプロセスです。感情に支配された瞬間に、話の前後の整合性を失い、そのプロセスに連鎖を持たせることが難しくなります。
交渉と感情の一つ目の結論、それは、自分から感情をむき出しにしたり、感情に走ったりすることは、交渉の実践の中では、得策ではないということです。なので、冷静で論理的に交渉を進めましょう・・・・・・といきたいのですが、交渉の場にはもう一つ、感情があります。
交渉の場に存在するもう一つの感情、交渉相手のものです。バイヤーとしてサプライヤーに対する交渉を行なう場合に、これまでに述べた理由で、感情を持ち込むことなく、ロジカルな交渉を心がける。その上で、交渉相手の感情はどうすべきものでしょうか。交渉者としての自分が感情を持ち込まずとも、相手が持ち込んでくるリスクにどのように対処すべきなのでしょうか。
交渉と感情の二つ目の結論、交渉に際して感情を除して考えるべきではありません。交渉者としての自分はもちろんのこと、相手の感情まで含めて、感情は除するものでなく、コントロールするものです。ここで述べる感情のコントロールについて、これから3つのキーワードを元に述べてゆきます。
1. 笑顔
笑顔には、その場を和ませる効果があります。笑いには、人の免疫効果を高める効果もあるといわれています。利害対立の最前線である交渉の場での笑顔には、その場の雰囲気への貢献が期待できます。具体的には、お互いの主張に耳を傾け、一緒に解決をはかっていく決意。交渉における最初の合意とみることもできます。よくよく考えてみてください。交渉の冒頭から、険しい顔で臨む相手の顔を見たときどう感じるか。交渉結果が冒頭から案じられますね。故に、交渉を決裂させたい場合(だったら、そもそも交渉などしなければ良いのですが)以外は、一緒に解決するとの決意の証として、笑顔であるかどうかには重要な価値があるわけです。
2. 沈黙
優れた交渉者、ネゴシエーターの特徴として、話術・弁舌に長けていることが挙げられます。丁々発止の挙句に、自ら望むべく結論を得ることができればハッピーです。しかし、矢継ぎ早に自らの主張を展開することと、主張を相手に受け入れさせることはまったく別です。
実際の交渉において、まずおこなうこと。それは、これまでに想定していた相手の主張に関する自分の認識が、正しいものであるかの確認です。金額的なインパクトが大きい場合の交渉では、過去と異なった(追加された)出席者が登場するケースがあります。これは、新たな局面を期待させる動きです。このような場合、まず聞く姿勢を持つ、耳を傾けるとの意味で「沈黙」すべきなのです。
3. 怒号
怒号・・・・・・感情が爆発する瞬間です。交渉の中では、もっとも忌むべき状況へと陥ることになります。それは、怒っても、怒られても同じです。
交渉に感情を持ち込んではならない。と、いいつつ、我々バイヤーと対極に位置する営業マンたちは、バイヤーの怒りを買うことで、新たなボトルネックを生み出しています。バイヤーと営業マンの関係に限らず、力を持った関係者の逆鱗に触れたために到来する問題は、大きな悩みの種になります。沢山ある感情表現の中でも、もっとも交渉の場面にふさわしくないもの。しかし、交渉の中でもっとも頻繁に登場する感情ではないでしょうか。
なぜ、怒るのでしょうか。
ビジネス上で怒りを買う多くの場合、その原因は自尊心に行き着きます。受けるべき扱いを受けられなかったことで生じるのです。期待と結果のギャップですね。無視された、軽んじられた、メンツを潰された・・・・・・いろいろ言い方はありますが、詰まるところ「自尊心を傷つけられた」となるわけです。交渉とは、本来自社にとって合理的な利得を求める場です。しかし、何らかのきっかけによって、自分で求めるべき合理的な利得よりも、自尊心の維持の方が勝ってしまうわけです。
前回、前々回で述べた交渉の準備は、論理的な交渉を目指したものです。しかし、自分にしろ、相手にしろ、この「怒り」の感情が登場した瞬間に、どんなに細部にまで配慮した論理的主張も、聞く耳をもたれないために破綻を来たします。そして人間には誰某の区別無く感情が存在します。我々が交渉で望ましい結果を得ようとするとき、論理的な交渉を維持するためにも、感情への配慮は不可欠なのです。
交渉相手の感情への配慮。これは、相手への理解、そして尊重です。私は、相手への理解と尊重を、ロジカルな交渉のもう一つの前提条件として位置づけるべきです。頭を使うこと=ロジカルとすれば、感情への配慮は、相手への気遣いに他なりません。そしてもっとも配慮すべき点は、相手の持つ不安です。
事前にしっかり準備をしたところで、相手からトリッキーな提案を受けて憤慨する・・・・・・しかし、これが逆であればどうでしょうか。交渉相手の考えを少しでも覗けたら、と思ったことは、一度ではありません。論理的な主張を構築したところで、聞く耳を持たれなければ、それは準備も無駄になります。交渉の前は双方ともに不安に苛まれているのです。
例えば、我々バイヤーが臨む交渉。事前にできるだけ多くの情報を与えているかどうか。私は現在メーカーで仕事をしています。見積依頼の起点になるのは、図面であり、仕様書です。しかし、それ以外にもできるだけ不安要素やリスクを除するために、詳細を伝えています。詳細を伝えることは、見積金額にリスクを織り込まれないと同時に、後に行う交渉の場で不安を持たれない、従い、十分に内容を吟味した上での交渉が、思う存分行えることに繋がるわけです。
交渉に先立つ準備として、頭と気、その両方を使うことが、好ましい結果を生むこと。故に、交渉に際して感情への配慮は、決して怠ってはならない対応なのです。