レシート、逆転経済、シェア(坂口孝則)
・レシートを捨てる人たち
えらく挑発的なタイトルの本を出すことになりました。「レシートを捨てるバカ、ポイントを貯めるアホ(朝日新聞社)」というものです。先月は「1円家電のカラクリ 0円iPhoneの正体~デフレ社会究極のサバイバル術(幻冬舎)」を出したばかりでしたから、またかよ、と思われるかもしれません。でも、内容はまったく異なるコンセプトです。
「1円家電のカラクリ」は、デフレ社会の到来の根拠や、その究極体について書きました。前回のメールマガジンでは「逆転経済」という単語を使って説明しましたので、多くの方はご理解いただけているはずです。では、「レシバカ」は何か。ズバリ、個人の節約について書きました。
これから逆転経済がやってくる。そうすると、個人の会社からの給料は減っていかざるをえない。その状況を前に、個人は何をやっていくか。それは個人資産を守ることです。「レシバカ」では、何もレシート収集だけを述べているわけではありません。もっと大きな意味で、個人の財産をどのように増やしていくか。そしてどうやって支出を抑えていくかを書いたものです。私のなかでは、「1円家電のカラクリ」と「レシバカ」はつながっています。
「お前の資産状況はどうなんだよ」というツッコミはあるでしょう。ただ、この「レシバカ」で書いたのは、収入の多寡にかかわらず、かつ資産の多寡にかかわらず、個々人にあった手法を述べたものです。しかも、キーワードは「ラクしてお金を貯めよう」というもの。ストレートすぎます。でも、このようなテーマを書いてみたかったのです。私の本のなかではもっとも「明日から私生活に役立つもの」になっているはずです。
しかも、なぜだかこの「レシバカ」は発売前から注文が殺到しています。やっぱり、みんなが興味あるものは「自分の生活をいかに守っていくか」というリアルなのですね。
・シェアという流れ
さて、私は逆転経済の到来から、個人資産を守る必要性の高まりまで述べました。と、ここで終わってしまっては単なる宣伝になってしまいます。モノが売れなくなった、個人は節約しましょう、という流れの次は何がやってくるでしょうか。
2011年の最初のキーワードは「シェア」だと思います。シェアとは、共有することです。利用するのではなく、消費するのではなく、シェアする。これが2011年を彩る単語になっていくはずです。私は2009年の終わりから、2010年の冒頭にかけて「FREE」が重要になってくると予想しました。クリスアンダーソンの同タイトルの本は大ヒットしたことを覚えていらっしゃる方も多いでしょう。
そして2011年はシェアがやってきます。アメリカ版から遅れて、2010年の12月にはレイチェル・ボッツマンの「シェア」が発売されます。これからは、一つの大きな顧客を持つことが、ビジネスを成功させる手法ではない。分散した顧客にたくさんシェアさせることで成功することができる。年間10億円買ってくれる顧客はなかなかいない。でも、1万円払ってくれる顧客であれば、ネットワークが広がった今、10万人見つけることができる。
たとえば、「トランコム」という会社があります。ここは、空きトラック(運送業者)を見つけては、荷送人とマッチングさせるビジネスで急成長している会社です。たとえばトラックが東京から青森に行く際に、帰りに何も運ばないともったいないですからね。そうやってトラックの復路を情報共有することで、新たなビジネスチャンスに結びつけたわけです。
え、そんな例はたくさんあるって?
そうなんです。たとえば、シェアードサービスなんてのも調達・購買に関わりの深い「シェア」ですよね。共同調達というのも、大きな意味でいえば「シェア」の一つといってよいでしょう。グルーポンのような共同購入サイトもそうかもしれません。一つの大きな資源を、多数でシェアすること。あるいは、一つの大きな顧客企業ではなく、多くの顧客に広げることでビジネスが成立する。これはたしかに大きな変化かもしれません。
・シェアは何をもたらすか
ここだけの話ですが(笑)、実は複数の出版社から「シェア」に関する日本版を書きませんか、とオファーがありました。私にです。「共同購買」「共有」……なんだか、調達・購買と関係することが多いですよね。さまざまな「シェア」事例を書き上げるもので、もし早ければ2月にみなさまのお手元に届くはずです。
ITの世界では「情報の共有」がどんどん発展しているのも事実ですから、新たな動きは見逃せません。たとえば、「ショッピッ!」というiPhoneアプリはご存じですか? 劇的なツールです。街を歩いているときに、ほしい家電があるとしますよね。バーコードをiPhoneに近づけるだけで、日本の最安値店を検索できます。街中の家電量販店はディスプレイの役割しか果たさない時代も近付いているのかもしれません。また、「パンドラTV」では(違法ですが)多くの番組のアーカイブが人類の共有財として残されています。これをインストールしておけば、移動の時間に困ることはありません。
シェアとは、そのようにきわめて新しい動きもあります。では、シェアという概念はわたしたち日本人の生活様式も激変させるのでしょうか。
ここで私の結論を先取りしておきます。2010年はFREEが重要になった、といいましたが、私は「1円家電のカラクリ」で検証したように、FREEとは日本ではさほど新しい文化ではないという立場です。日本のデパートやスーパーでの試食文化は他の国では衛生上の問題があり、さほど見られません。また、日本政府が提供している各種統計データはすべてFREEです(ちなみに日本人とアメリカ人は自国の統計データが豊富なので、ノンフィクション系の執筆がしやすい立場にいます)。
シェアも同じです。お隣さんと醤油の「シェア」をしたことは、奥様方ならあるでしょうし、子育ての労働力シェアも、かつては世代間をまたいで行われてきました。しかも、いまではボトルキープを、オンライン上でできます。ご存知でしたか? 「やぐら茶屋」などが展開中です。ある店でボトルキープしたとして、その続きを違う店舗でも飲めるのですよ。これは画期的なれど、多くの人は知りません。また、いま流行している「シェア」とは情報の共有も含みます。でも、ナレッジマネジメントという言葉で社内情報は管理されているし、共有財としての情報の活用も、日本ではかなり進んでいます。
つまり、FREEもそうですし、シェアにかんしても、単に新しいと飛びつくだけではなく、日本人にマッチした解釈法や応用法があるのです。これらを俯瞰して日本人に適するように書いてみる予定です。
ただし、シェアという新たな潮流と、それが2011年のキーワードとなりつつあるという私の予想は覚えておいてください。ワーク「シェア」リングの次には、労働形態ではなく、さまざまなシェアが私たちの目の前に現れます。そのいくつかは私たちの生活を変え、いくつかは変えません。その境界はどこにあるのか。2011年にみなさんと考えたい内容です。