革新ツールと保守的な使い方(坂口孝則)
・ほんとうに革新的なもの
個人情報端末の新しいツールがたくさんでてきました。最近もっとも話題になっているのは「iPad」でしょう。また、iPadは(単にiPhoneを大きくしただけにもかかわらず)画面の大きさゆえに、さまざまな使い方が考案されています。
このような使い方もできるのですね。会社でご覧のかたは音声を消して見るしかありませんけれど、なかなか喋りも面白いですよ。
先日、「週末起業」の藤井孝一さんと仕事の打ち合わせをする機会がありました。藤井さんは、「全社員にiPadを配る」とおっしゃるのですよ。「iPadだけを使って会議をやってみたい」と。なるほど、それなら雑誌の取材がありそうです。なによりカッコいい。
現在、「iPadがすべてを変える」といった類の本が無数に用意されています。これさえあれば、なんでもできる。これは革命的なツールだ。そういう論調が世界を席巻していくのでしょう。
しかし、思い出すに「セカンドライフが世界を変える」と述べていた人がいました。たしか、mixiもそうだったっけな。あるいは「twitterが世界を変える」、「Ustreamが世界を変える」とかね。大丈夫かよ、と私は思うのです。
とくに「セカンドライフが世界を変える」的なものをお書きだった人は、いまごろどうしているのでしょうか。おそらく恥ずかしくて自著を見せることができないのではないか。
人間の特性として「目の前のことは大きく見える」というものがあります。あとから振り返って考えてみればたいしたことがないものも、当時は世界の終りかのように感じてしまう出来事もありますよね。恋人との別れ、仕事上の大トラブル、信じていた人の裏切り……。それらは、もちろん「大きなこと」ではありますけれど、現在から振り返れば、「まあ、あまりたいしたことではない」場合も多いわけです。大切な人との死別以外は、人を成長させてくれることもあります。
調達・購買の世界でも「RA(リバースオークション)が世界を変える」というフレーズで喧伝されていたことがありました。本当だったでしょうか。RAが使えるのは限られた領域です。また、それだけで効果があがるものでもありません。事前準備や戦略があってはじめて役立つものです。
・ツールとの接し方
では私はツール類を否定しようとしているのでしょうか。違います。単に使ってみればいいものだからです。「みんながやっていれば、試しにやってみる」「上手く使いこなしている人を見つけて、真似してみる」「効果や利便性がなくなったら、使うのを止める」。それだけだと思うのです。
何かを唯一絶対的なものだと信じず、使えるものは使う、というスタンスです。その前提で、軽い気持ちでやってみればいい。他者が勧めるものが自分にマッチするかはわかりませんし、試行錯誤のなかで最適なものを見つけるしかありません。
私が使っているものをいくつか紹介します。ここではiPhoneやiPadのようなハードではなく、アプリの紹介としています。面白そうなものがあれば、インストールしてみてください。
・SugarSynch( https://www.sugarsync.com/ )。ファイルの同期ソフトです。これを使えば、違うパソコン、たとえば会社と自宅などで、ファイルを共有できます。会社側でファイルを修正したら、自宅のファイルも自動的に修正してくれるので便利です。いちいち会社から自宅にメール添付も面倒ですから、私はこれを使っています。
・Evernote( http://www.evernote.com/about/intl/jp/ )。ネットを見ていて、「これあとで見よう」と思ったときにすぐにクリップ&コピーしてくれるものです。これも役立ちます。
・Travatar( http://travatar.1pac.jp/ )。これは遊びなのですけれど、まわりに紹介したところ、あまりに好評なものですから。自分のアバターを設定しておけば、GPSを使って、さまざまなところに仮想旅行ができるというものです。毎日愉しくなります。
・SleepCycle( http://www.lexwarelabs.com/sleepcycle/ )。これは賛否両論ありますが、個人的には役立ちますので紹介します。自分の「レム睡眠」と「ノンレム睡眠」のサイクルを把握し、レム睡眠時の浅い眠りのときに起こしてくれるものです。快適な目覚めができます。
・i文庫( http://ipn.sakura.ne.jp/ibunko/ )。これは有名ですよね。さまざまな古典を読めるものです。電車などの空き時間に読むには最適です。これを見ていると、変な新作小説なんて読んでいるヒマはないと思ってきます。古典のうち、これほど読めていないものがあるのですから。
まだいくつかありますが、これらのうち使えるものだけでもトライしてみてください。
ちなみに、先日、某大手出版社の編集者と会食しました。「電子書籍の衝撃」なる論があります。紙の本から電子書籍に転換していくぞ、印税は紙の10%に対して70%だぞ、などなど。電子書籍がすべてを変えるかのように言われています。しかし、その某大手出版社の編集者は面白いことを教えてくれました。
以前も私は「電子書籍なんて売れても数千部くらいだ」と書いたことがあります。しかし、トップの売上がそうであって、実際はもっとひどい状況らしい。ある有名著者の電子書籍は、まだ200ダウンロードしかなされていないそうです。200ですよ。アプリの作成に数十万円以上かかるのに、200ダウンロードしかなされないということは商売として成立しません。
もしかしたら、ツールはたしかに革新的なものかもしれない。でも、盲信せず、使い方は適当で良いのではないか。ゆっくりとした自己の検証を経ずに騒ぐのは止めたい。
昨今の特定ツール万能論を見るにつけ、そんなことを考えています。