池田史子の参謀日記その19

まだ書くことをためらっています。

以前の会社を辞める当日のことです。私は社内の間接材等を発注する仕事をしていました。システムに一つひとつ入力して、ボタンを押します。気のせいかもしれませんが、その日は注文する商品が多かった気がします。なんとなく最後くらい念には念を入れてやろうと思って、一つひとつを何度も確認したことを覚えています。

その日の最後に辞める社員が一言かんたんな挨拶をする予定でした。私を含めて、4人ほどが最終日でした。実は、その直前まで、「ほんとうは辞めたくありませんでした。少し悔しいです」と言おうと思っていました。

私の番がまわってきました。すると、私には、同じ部のみんなが寄せ書きをくれました。なにかすっと抜けるものがありました。「ほんとうは辞めたくありませんでした」と言いたい気持ちはなくなり、自然に「ありがとうございました」と出てきて、少し涙ぐみました。拍手をしてくれました。

ふつうならその後に自分の席に座るのですが、ああもう座っちゃいけないんだ、と思った記憶があります。みなさんにお礼を言ってビルを去りました。

家に帰って、その寄せ書きの色紙を見ました。その寄せ書きはビニールに入っていました。裏にポストイットのような裏返しの紙が入っていました。開けて表に返すと、そこに「ごめん」とだけありました。

誰が書いたのかわかりません。当時の上司だったのか、あるいは他の人だったのか、筆跡がわからないように書かれてました。現実はドラマのようにわかりやすくはありません。これによって救われたかというと、わかりません。

あまりに複雑で、衝動的にその紙を破ってしまいました。それで泣いていると、夫が声をかけて心配してくれました。

いまさら謝らないでと思ったのか、あるいは単純に驚いたのか、それとも混乱したのか、そのすべてでした。

その後、私はある美容関係の先生をお手伝いすることになります。いわゆるセミナーの設営だとか、講義についていって、雑事をこなします。そこは小規模な組織だったからでしょうか。もっとひどい現実を見ることになりました。以前の企業は、さまざまな問題があるとはいえ、大企業です。しかし、小規模な組織では、トップの思いつきですべてが動きます。

たとえば、会場でお客様の誘導に時間がかかったとします。そうすると、反省会でずっと怒られるのです。しかも理不尽に、「声の大きさが小さい」とか「顔が笑っていない」とか。私は引き継いだままやっているのに、です。

他の人は同じようにやっているのに、私はダメだったようです。

私はほんとうにまいってしまって、数ヶ月でその仕事が続けられなくなり、一日だけお休みしました。そしてお詫びのメールをすると「もう来ないでけっこうです」といわれ、次には思い出したくもない私への苦情が続いていました。その先生は、おおくのひとに、人格者と思われています。スタッフもそうです。ただ、そのときは、そのギャップに疲れ果てました。

人間というのは、ほんとうに、何が本当の姿なのかわからない。そう私は思いました。誰かを知らぬ間に傷つけ、しかし、そのうちに傷つけたことも忘れてしまうのかもしれません。でも、私はできれば、「ごめん」という言葉を、その人に会えるときにちゃんといってあげようと思います。

この話を、当時、まだ未来調達研究所で働く前に、坂口さんにいってみました。すると「人は誰かを傷つけずに生きていけない。だから優しく暴力をふるえ」といわれました。最初はなんのことだかわかりませんでした。ただ、少しだけわかった気がします。「人は誰かを傷つけずに生きていけない。だから優しく暴力をふるえ」。

ここまできて、もしかすると、私を辞めさせた上司も、「ごめん」と書いた本人なのだとしたら、最後の最後で優しさを出したのかもしれない、と思うようになりました。立場上、しかたがなかったのかもしれません。

そこからだいぶあとの話です。

私は以前の会社を辞めた人と出会う機会がありました。そのときにいろんな話をしました。そして、いまでは私が知っているひとはほとんど残っていないと聞きました。私を辞めさせた上司も、です。その上司も結局はあまり良い辞め方をしなかったそうです。

普通なら、すかっとした、とか、そういう感想をもつかもしれません。でも、私は、結局みんなは翻弄されたんだ、という気持ちから逃れられませんでした。私が憎んだ人も、会社から翻弄されたんだ、と。

そのとき私は未来調達研究所で働いていました。私は、この会社で触れ合うひとたちが、会社に依存しつつも、でも、いざというときは自分の考えを曲げずに、強く生きていただけることを望むようになりました。会社から独立したほうがいいとか、そういうことではないんです。ちょっと違います。気持ちまで支配されないようになりたい、ということです。

そして、たぶん、いまこの会社を懇意にしていただいているひとは、強い考えをもった人が多いように思います。私の毎日は、それでも怒られることばかりです。おそらく、私たちの対応に不満の方々も多いと思います。でも、こう考えている女性がいることだけでも覚えておいていただければ嬉しいです。

ありがとうございました。

※ここまでお読みくださり、ありがとうございました。皆様には感謝の気持ちでいっぱいです。

無料で最強の調達・購買教材を提供していますのでご覧ください

あわせて読みたい