これまでの常識①-2・・・経験を重視しすぎる「経験を積むことで見えなくなること」(調達・購買とは何をするのか)

私は「良く物事を知っている」ということを、否定しているわけではありません。私が感じるに、調達・購買とは、「バイヤーの人脈」や「その人の年齢」という意味での経験を重視しすぎているのではないか、と言っているのです。他の私の文章とやや矛盾するようですが、現場を100回見なければ現場のことを理解できないわけではありません。20年納期フォローを経験せねば、真髄が理解できないわけでもありません。たった数回の経験でも、ときには書籍などを読み、その本質を自分の頭でしっかりと考え抜けば、自分なりの答えが導けます。ミステリー小説家の全員が殺人経験者ではないでしょう?

私が「経験ばかりを重視する調達・購買の弊害」は次のようなことです。

(1) 現場偏重になり過ぎ、突飛な発想や飛躍が出てこない

(2) 人系ネットワークに頼りすぎることで、現状の変革が遅れる

(3) 上位者の決定に従いすぎる

(1) は、現場だけを見ると、現場からの改善案しか出てこない、ということです。サプライヤーの生産工程を良く知っていることは賛美されるべきこと。でも、それでは、生産工程を改善する発想は磨かれるかもしれませんが、「そもそもそのサプライヤーから調達するべきか」「そもそもそういった製品ではなく、全く別のもので代用できないか」という考えを失念してしまいがちになります。

(2) バイヤー業として年数を経れば、サプライヤーや社内にもそれなりに知り合いが増えるはずです。多少の失敗や緊急時にも、電話一本で動かせる人も多くなっていきます。もちろん、それは良いことです。しかし、度が過ぎると、本来は問題として浮上させ、構造改革に着手せねばならないことも、遅れてしまう結果になります。例えば、こちらの目標設定が甘すぎたので、コスト高になるところを、むりやりサプライヤーに要求を呑ませたり、生産日程がむちゃくちゃなのに、サプライヤーに休日出勤させてまで納入させたり。問題の解決者が、問題の増幅者になるということです。

(3) 経験を重視するということは、経験の浅いバイヤーの決定権が、ほとんどないという状況を生みがちです。私は、入社間もないころ、「この件は、上司に相談してからお答えします」と言うバイヤー見るたびに、「それなら、最初から上司が交渉すれば良いのに」と疑問を抱いたことを忘れられません。「社内で相談してから」「上司に相談してから」といつも言っているバイヤー(や営業マン)には、退場願うしかありません。経験が浅ければ、それを補うために、必死で考え、自己の責任において業務を遂行するほかありませんが、それを放棄してしまうとはもったいない話です。

私の経験に戻しましょう。(1)~(3)の、それぞれに思い当たる話がいくつもありますが、特に強調したいのは(1)です。これは、生産の「現場」だけではなく、一般業務の「現場」にも当てはめて考えてみて下さい。

これまで、私は新たなアイディアや、構想を話すたびに、どれだけの先輩バイヤーから、「それって難しいよ」と言われたことでしょう。ある新規サプライヤーを参入させようとしたときは、「前例がない」「過去20年間で、そういうサプライヤーが参入できたことはない」「品質監査で、こういう、こういう、こういうチェックがあって、こういう、こういう、こういう承認プロセスがあって……」と、経験豊かなバックグラウンドから発せられるネガティブなコメントに私は本当にウンザリしてしまいました。こんなことばっかりでしたが、そのほとんどは、やってみれば簡単なことばかりだったのです。

経験豊かなバイヤーとは、現状を変えることができない理由をたくさん知っている人のことです。と言ったら、あまりに皮肉が過ぎるでしょうか。

アメリカのシリコンバレーの発展は、元軍事関係者が転職してきたことにより、それまでとは「異なった」「一見馬鹿げたかのように見える」発想によってだった、と言われます。金融の世界でも、工学博士たちが難解な数式を駆使し、金融商品を一気に進化させたという背景もあります。

目の前の業務の経験を積んだ人の発想は、確かに軽んじるべきものではありません。しかし、経験を積めば積むほど、やってもみない・考えてもみないことを、勝手に諦めてしまう、結論を出してしまうことが多くなるのも事実です。「こんなに効率の悪いことをやっているんだ」という感想を持ったことが、誰しも新人のときにあるでしょう。年々、その感情を喪失していきますが、実は最も正しい感想であることがほとんどです。

経験を積みつつ、その経験で得たことを否定し続けるということは、難しいでしょう。まずは、小生意気な「若造」の意見を聞いてやることから始まります。

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