ダイエットとコスト削減は一緒です
「なぜ、元のコスト体質に戻ってしまったのか?」
二つの類似事象がある。一つ目。「劇的なコスト削減ができる」と謳われている「リバースオークション(通称:RA)」というものがある。これは「逆オークション」とも呼ばれるもので、買い手の(バイヤー)のもとに複数のサプライヤーが集まり、落札価格を競うものだ。
サプライヤーは入札に勝利したいがために、価格を引き下げる。これまで1億円だったはずの購入価格が、そのリバースオークションを実施すると5千万円にまで下がった例もある。まるで魔法の杖、というわけだ。
しかし、である。そんなリバースオークションを使ってみたはいいものの、それ以降もその会社にコスト低減意識が芽生えたかというと、そんなことにはならない。リバースオークションを利用した短期間はコスト削減意識が盛り上がっていくものの、しばらくするとコスト高の体質に戻ってしまう。まるでカンフル剤を打つ患者のように、クスリが切れてしまえば、元通りというわけだ。
かつて流行したダイエット運動の「ビリーズブートキャンプ」も同じではないか。「ビリーズブートキャンプ」についてどれほど説明せねばならないのかは知らない。ビリー隊長のもとで、激しい訓練と運動をすれば(正確にはDVDを見ながら運動するわけだが)、短期間でやせるというあれだ。何を隠そう、私も一時期はこの「ビリーズブートキャンプ」を実践することで、体重が一気に落ちた。
しかし、いまではこの「ビリーズブートキャンプ」を続けている、という人を知らない。あれほどDVDが売れ、ブームになったはずなのに、今日時点で「ビリーズブートキャンプ」に熱をあげている人はいない。これはなぜなのだろうか。あれほど効果があるのに、誰もが続かない理由はなんだろうか。それが、私がこの二者に見る、奇妙な一致である。
では、短期間で成果をあげる施策がなぜ長続きしないのか。私見を語ろう(というか、リバースオークションとビリーズブートキャンプを並列で論じる人がいないので、私しか今後も述べる人がいないだろうけれども)。
それは、「達成感」と「努力」にある、と私は思う。なぜか。逆なら理解しやすいだろう。「努力により物事を達成したので、長続きしたのだ」と。これなら理解してもらえるに違いない。しかし、私は違うと思う。「達成感」と「努力」があるから、長続きしないのだと思う。
ビリーズブートキャンプでは、大変な苦労をする。運動は大変で、汗が出るし。疲れるし、息切れする。しかし、それを我慢すれば、次の瞬間には体重計に、これまでよりも軽くなった体重が表示されるのである。これほどの快感はないだろう。努力と結果が結びついているのだ。だからこそ、と私は続けたい。だからこそ、長続きしないのだ。
それらは両方とも「イベント」である。イベントは一回きりの感動を味わうものだ。だから、長続きはしない性質のものなのである。何かを成し遂げて感動を味わうということは、回帰性がないのである。海外旅行に出かけて感動した国に、再び行くとまったく感動しないことがある。感動や達成感とは一過性のものだ。
人間の脳は、努力して勝ち得た感動は、ふたたび再現しないことを知っている。だから、達成したという感情を抱いてしまうものは、その一度の感動の強烈さゆえに、二度とその努力を繰り返さないように脳が働いてしまうのである。
リバースオークションの有効さは私も賛同するけれど、そのコスト削減が強烈で努力を必要とするものであるほど(ご存じの方は多いと思うが、リバースオークションは事前準備にかなりの努力を要する)、それが定着することはない。努力を要求する方策は、定着せず、必ず消え去っていく運命なのである。
かなり逆説的なことを書いた。しかし、人間はそもそも努力を重ねることが難しい生き物である。だから、努力を必要とする試みは必ず弊履と化す。かといって、私はすべてのコスト削減行為がムダになるといいたいわけではない。自己啓発の名著に「7つの習慣」というものがある。これは言い当て妙だ。それは、人間は「努力する」のではなく「習慣づいている」ことこそ継続できるからだ。
ゆえに、単発のコスト削減施策を勧める人たちには(それが商売ならしかたがないけれど)、多少疑いの目をもって接した方が良い、と私は思う。努力ではなく、達成感でもない。一つひとつのコスト削減額はささやかなものかもしれないけれど、確実に組織にコスト削減の意識を習慣付けるような人たちの声にこそ、耳を傾けるべきだ。
「はい、これやったらいくら削減できんの?」と短期的な効果ばかり求めるのは、ある種の病弊だと私は思う。
短期的なコスト削減効果よりも、組織にコスト意識を根付かせ、習慣づけることのほうがもっと大切だからだ。部員が努力したと思わず、苦労とも思わず、日々の行動のなかから自発的にコスト意識をもった行動を取ること。これこそが重要ではないか。